治山事業|山腹工・流路工の標準工法

治山事業 | Forest Eight

豪雨で崩れた斜面に組まれた石積みの段々、渓流をせき止めるダム、地面に深く埋められた杭――山の災害を防ぐための工事を、まとめて「治山事業」と呼びます。林野庁の2024年度予算は約700億円。地味ですが、私たちの暮らしを土砂災害から守る、縁の下の力持ちのような仕事です。どんな工法があって、どう選ばれ、いくらかかるのか。山を守る技術の中身をのぞいてみましょう。

目次

700億円はどう使われているか

治山事業の予算約700億円は、大きく2つに分かれます。すでに起きた災害の後始末である「復旧治山」が約250億円、そして災害が起きる前に手を打つ「予防治山」が約450億円。予防に多くを割いているのがポイントです。年間およそ1,500カ所で工事が行われ、1件あたりの平均は約4,500万円ほど。決して派手な公共事業ではありませんが、過去10年の山地災害被害額が年平均約900億円であることを思えば、予算とほぼ同規模の被害を未然に防ごうとしている計算になります。

過去20年を振り返ると、2000年代前半は1,200億円規模あった予算が一度600億円台まで削られ、その後の大規模災害の続発を受けて、いまの700〜800億円規模に戻ってきたという経緯があります。

治山事業予算の構成 2024年度治山事業予算約700億円の事業区分別構成を示す 治山事業予算の構成(2024年度、約700億円) 復旧治山 250億円(36%) 山地治山 250億円(36%) 水源整備 100億 地すべり 60億 事業区分の特徴 復旧治山:直近災害(豪雨・地震)後の山腹・渓流復旧が中心。多年度予算で5-10年計画。 山地治山:保安林指定地・山地災害危険地区での予防工事。年間最大予算枠。 水源地域整備:ダム上流域の崩壊防止、水質保全、貯水池への土砂流入抑制。 地すべり防止:地すべり防止区域指定地での集水井・抑止杭等の特殊工法。 海岸防災林造成:津波・潮害対策の海岸林整備。東日本大震災後に拡大。 国費負担率は事業区分により50-80%。残りは都道府県・市町村負担。 予算は単年度執行が原則だが、災害復旧は5-10年の繰越が可能。
図1:治山事業予算の構成(出典:林野庁「治山事業の概要」2024年度より作成)

5つの標準工法

治山の工法は、対象とする災害のしくみによって5つの系統に分かれます。斜面そのものを安定させる「山腹工」、渓流の侵食を抑える「渓間工」、川の流れを落ち着かせる「流路工」、地すべりに直接介入する「地すべり防止工」、そして海岸林などをつくる「防災林造成」です。現場ごとの地形・地質・水の流れを調べたうえで、最適な組み合わせが選ばれます。

工法系統 代表工法 予算シェア 主な対象
山腹工 土留工・水路工・植生工 約30% 崩壊地・荒廃斜面
渓間工 治山ダム・床固工・流木止工 約35% 渓流の侵食
流路工 護岸工・護床工・帯工 約15% 河道安定
地すべり防止工 集水井・水抜きボーリング・抑止杭 約12% 地すべり指定地
防災林造成 海岸防災林・防風林 約8% 海岸・特殊地帯

山腹工――斜面を段々にして草木で固める

もっとも基本的なのが山腹工です。崩れた斜面を段々に切り、石積みやコンクリート、木の枠で土を留め(土留工)、表面の水を集めて流す水路をつくり(水路工)、最後にヤシャブシやススキなどを植えて根で土をつかませる(植生工)。この3つの組み合わせが標準です。1haあたりの工事費はおよそ1,000万〜3,000万円。植生が回復するには3〜5年かかり、はじめはススキやチガヤといった草、やがて窒素を固定するヤシャブシやハンノキ、最終的にはクヌギやコナラといった地域本来の木へと、計画的に森が戻っていくよう設計されます。下の図は、その断面のイメージです。

山腹工の標準構造 山腹工の標準的な施工断面と各工種の配置を示す模式図 山腹工の標準構造(断面イメージ) 土留工1段 土留工2段 土留工3段 土留工4段 水路工(表面排水) 麓部 山頂部 主な工種: 土留工(段切構造) 水路工 植生工(植栽・播種) 1ha工費1,000-3,000万円
図2:山腹工の標準構造(出典:林野庁「治山技術基準」より模式化)

渓間工――治山ダムで土砂を受け止める

渓流の侵食や土石流を防ぐのが渓間工で、その中心が治山ダムです。日本全国にはすでに約13.5万基もの治山ダムがあり、毎年およそ400基が新しくつくられています。1基の高さは3〜15m、事業費は3,000万〜2億円。近年は「スリットダム」という、ふだんは土砂を流しつつ、大雨のときだけ流木や大きな石を捕まえる透過型の設計が増えています。下流の人家や川を守りながら、渓流の生きものにも配慮した工夫です。築50年を超えた老朽施設が約2万基にのぼり、計画的な更新が課題になっています。

地すべり防止工――水を抜き、杭で止める

じわじわ滑り動く地すべりには、特別な工法が必要です。地下水位を下げる「集水井」(直径4m、深さ20〜50mのコンクリート井戸)や水抜きボーリングで水を抜き、鋼管の「抑止杭」やワイヤーの「アンカー工」で土の塊を物理的に押さえ込む。これらを組み合わせるのがコツです。1工区あたり1〜5億円、施工に3〜5年。全国の地すべり防止区域は約2,000区域・16万haにのぼり、新潟・長野・徳島・高知などに集中しています。

木の治山ダムと林業のつながり

近ごろの治山事業で広がっているのが、コンクリート一辺倒からの脱却です。地元のスギ・ヒノキの間伐材を使った木製治山ダムや自然石の工法が増え、間伐材の現場利用は年間約30万m³に達します。1m³あたり1〜3万円で取引されるとすれば、治山事業は年間30〜90億円規模の木材需要を生んでいる計算で、地域の林業にとって大事な取引先です。木は炭素を蓄えているので、30万m³の利用は約24万トンのCO2固定にも相当します。耐用年数はコンクリート(50〜80年)より短い20〜30年ですが、景観になじみ、生きものにやさしく、地域にお金が回る。災害を防ぐだけでなく、林業を支え、炭素を蓄える――治山事業は、いくつもの価値を兼ねた公共投資だといえます。もちろん大規模な災害リスクが高い場所では、強度に優れたコンクリート工法が選ばれます。

よくある質問

治山ダムと砂防ダムは何が違うのですか?

治山ダムは林野庁が治山法などにもとづき森林・山地で行う工事で、保安林や山地災害危険地区が主な対象です。砂防ダムは国土交通省が砂防法にもとづき河川・流域で行う工事で、人家や道路の保護が主目的。所管も予算系統も違いますが機能は似ており、近年は両者が連携して流域単位の計画を立てるケースが増えています。

木製の治山ダムは安全性に問題はないのですか?

木製治山ダムは林野庁の「治山技術基準」にもとづいて設計・施工され、構造的な安全性は確保されています。耐用年数はコンクリートより短いものの、計画的な更新と点検を前提に運用すれば、防災機能を継続して発揮できます。大規模な災害リスクが高い場所ではコンクリート工法を選ぶなど、現場ごとに使い分けられています。

個人所有の山林でも治山工事は受けられますか?

民有林でも保安林に指定された土地は治山事業の対象になり、所有者の同意のもと都道府県が事業主体となって実施します。要望がある場合は都道府県の治山担当課に相談し、現地調査と優先度評価を経て予算化されます。所有者の費用負担は原則ゼロです。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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