【ブナ】Fagus crenata|冷温帯林の優占種、白神山地世界遺産と緑のダムの水源涵養戦略

ブナ | 樹木図鑑 - Forest Eight



この記事の結論(先出し)

気乾比重0.65(0.55〜0.75)重硬広葉樹曲げ強度85-105MPa国産広葉樹で上位曲木加工蒸煮90℃適性大曲木椅子の主材白神山地世界遺産極相林の象徴
図1:ブナの主要スペック(含水率15%基準・代表値)
  • ブナ(Fagus crenata)は日本の冷温帯林を代表する落葉広葉樹で、気乾比重0.55〜0.65・曲げヤング係数10〜13GPaの中密度・高剛性構造材です。
  • 緑のダム」と称されるブナ林の水源涵養機能は林政の中心テーマで、白神山地(世界自然遺産)に代表される原生的なブナ純林は世界最大級のブナ林帯を形成します。
  • 家具・曲木・フローリング・パルプ材としての需要に加え、気候変動下の分布縮退という長期課題が、現代林政・生物多様性政策における最重要トピックの一つです。

白神山地の原生林、八甲田の山岳林、越後の魚沼山地——日本の冷温帯林のシンボルとして広く知られる落葉広葉樹があります。ブナ(学名:Fagus crenata Blume)は日本固有種で、北海道渡島半島から九州までの冷温帯に分布し、純林化能力と長寿命によって林床生態系の安定的基盤を作る樹種です。木材生産だけでなく、水源涵養・生物多様性・古文化(ブナ帯文化圏)の象徴として、現代林政の中心テーマに位置します。本稿では、分類・力学特性・水源涵養機能・気候変動下の動向・スマート林業の応用までを数値ベースで整理します。

目次

クイックサマリ:ブナの基本スペック

基本諸元

和名 ブナ(橅、別名:シロブナ、ホンブナ、ブナノキ)
学名 Fagus crenata Blume (1850)
分類 ブナ科(Fagaceae)ブナ属(Fagus)
英名 Japanese beech / Siebold’s beech
主分布 北海道渡島半島〜九州の冷温帯(標高200〜1,800m)
樹高 / 胸高直径 25〜30m / 80〜150cm(最大胸高直径2m級)
樹齢 200〜400年(最大級では500年)
気乾比重 0.55〜0.65(中重量)
曲げ強度 90〜110 MPa
圧縮強度(縦) 45〜55 MPa
せん断強度 11〜13 MPa
曲げヤング係数 10〜13 GPa
耐朽性 低(虫害・腐朽に弱い)
主用途 家具(曲木椅子・テーブル)、フローリング、合板、楽器材、パルプ材、食器
世界自然遺産 白神山地ブナ林(青森・秋田)

キャラクター指標

項目 評価 意味
コスパ ★★★☆☆ 家具用は中価格、特殊用途は高価
レア度 ★★★☆☆ 白神山地原生林は世界遺産級
重厚感(密度) ★★★★☆ 中重量、針葉樹より重い
しなやかさ(ヤング) ★★★★☆ 高剛性、曲木加工に最適
成長速度 ★★☆☆☆ 遅成、林冠到達80〜120年
環境貢献度 ★★★★★ 水源涵養・生物多様性・文化の三冠

分類学的位置づけと生態的特性

ブナ属(Fagus)における立ち位置

ブナ属は北半球の冷温帯に約10種が分布し、日本にはブナ(F. crenata)とイヌブナ(F. japonica)の2種が自生します。世界各地の温帯林の代表樹種で、日本のブナは温暖で多雪な気候への独自適応を遂げた系統です。

分布 特徴
ブナ(F. crenata) 日本 葉縁が波状、樹皮灰白色滑らか
イヌブナ(F. japonica) 日本本州〜九州 樹皮黒褐色、ブナより低標高
ヨーロッパブナ(F. sylvatica) ヨーロッパ 欧州最重要広葉樹
アメリカブナ(F. grandifolia) 北米東部 北米温帯林の代表種

分布域の詳細

  • 北限:北海道渡島半島・黒松内低地(生物地理学的境界として有名)。
  • 主産地:白神山地(青森・秋田)、八甲田、奥羽山脈、越後山地、上信越、北関東山地、奥秩父、南アルプス、中国山地、四国山地、九州中央山地。
  • 南限:鹿児島県・大隅半島の高隈山。
  • 立地嗜好:多雪・湿潤地、北向き斜面、雪解け水豊富な地形。
  • 群落構成:純林化することが多い、ミズナラ・ヤマザクラ・ホオノキと混交も。

結実周期:マスト現象

ブナは5〜7年周期で大量結実するマスト現象を示します。これは森林生態系の食物連鎖(クマ・ノネズミ・鳥類)に大きな影響を与え、近年はクマの市街地出没との相関も研究されています。

形態学的特徴と識別ポイント

主要形質

部位 ブナの特徴 イヌブナとの比較
樹皮 灰白色〜灰色、滑らか、地衣類が斑紋状に着生 イヌブナは黒褐色で粗い
楕円形、長さ4〜9cm、葉縁波状、互生 イヌブナは葉縁鋸歯
堅果(実) 殻斗果、3稜の堅果、長さ1.5cm イヌブナは小さい
樹形 傘状、林冠到達後に枝を広げる イヌブナはより細い

水源涵養機能:「緑のダム」の数値

水源涵養の物理メカニズム

ブナ林の水源涵養機能は林政・水資源政策における中心テーマの一つです。

機能 水準 備考
林床の落葉層厚 5〜15cm 多雪地帯のブナ純林
腐植層の保水容量 1m²あたり40〜60リットル スポンジ状の構造
樹冠遮断による降水損失 降水量の10〜20% 蒸発散量との合算
融雪緩和効果 裸地比で1〜3週間遅延 春季流出のピーク低減
地下水涵養量 年間500〜1,000mm 降水量の30〜50%が地下浸透

「緑のダム」としての貢献

  • 洪水ピークの低減効果。
  • 渇水期の流量維持。
  • 水質浄化(窒素・リン除去)。
  • 土砂流出の抑制。

東北・北陸の主要河川(最上川、阿賀野川、信濃川、阿武隈川等)の水源域はブナ林に依存しており、これらの保全は飲料水・農業用水・水力発電の長期安定供給に直結します。

白神山地と世界自然遺産

白神山地の概要

項目 水準
所在 青森県・秋田県の県境
面積 約13万ha(うち世界遺産核心地域16,971ha)
世界自然遺産登録 1993年(屋久島と同時、日本最初)
原生的ブナ林 世界最大級規模
樹齢構成 200〜400年生が中心

世界遺産としての価値

  • 人為的影響を受けていない原生的ブナ林として、世界自然遺産の評価基準を満たす。
  • クマゲラ・イヌワシ・クマタカ等の希少種の生息地。
  • 東アジアの冷温帯林の代表的事例として国際的に評価。

工学的視点:構造材としての力学特性

ブナと主要針葉樹の力学特性プロファイル気乾比重曲げ強度圧縮強度せん断強度耐朽性ヤング率 ブナ スギ ヒノキスギを基準とした相対値(外側ほど高性能)
図2:ブナとスギ・ヒノキの力学特性比較
100% 75 50 25 0 残存曲げ強度(%) 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 節径比 d/h 影響無視範囲 20-30%低減 40%以上低減 ▲構造材として注意 節径比と残存曲げ強度の関係
図3:節径比d/hと残存曲げ強度の関係(JAS構造用製材規格の経験則)

主要力学定数

項目 ブナ ナラ類(参考) カエデ類(参考)
気乾比重 0.55〜0.65 0.65〜0.75 0.55〜0.70
曲げ強度(MPa) 90〜110 95〜115 90〜120
圧縮強度(MPa) 45〜55 50〜60 50〜60
せん断強度(MPa) 11〜13 12〜14 13〜15
曲げヤング係数(GPa) 10〜13 10〜13 11〜14
耐朽性

ブナは広葉樹中で中庸な構造性能を示しますが、最大の特徴は蒸気曲げ加工適性です。曲げ加工した木材として、トーネット社のチェアに代表される世界の家具製造で広く使われてきました。

強度等級と用途

  • 家具用としての需要が圧倒的、特に椅子・テーブル・ベンチ。
  • 耐朽性が低いため屋外用途には不向き、内装中心。
  • 蒸気曲げ加工の理想素材:80〜100℃の蒸気で軟化させ、曲線形状を作成。
  • フローリング材としても優良、抗摩耗性高。

林業技術的視点:施業設計とスマート林業

天然林管理

  • 大半が国有林・水源林・自然公園として保全対象。
  • 白神山地の世界遺産核心地域は完全禁伐。
  • 非世界遺産地域でも択伐・群状伐採による保続的施業。
  • 結実周期5〜7年に合わせた天然下種更新の管理。

スマート林業の応用

技術 用途
航空レーザー(LiDAR) ブナ林の樹高・材積推定、原生林モニタリング
UAV-LiDAR 個別林分の精密計測、結実状況評価
マルチスペクトル衛星 葉量変化・健全度の年次モニタ
結実予測モデル マスト年予測、クマ出没対策
水源涵養シミュレーション 流域水循環モデル

主要ブナ林帯の地理的構成

日本のブナ林帯は、白神山地(青森・秋田、約13万ha)を最北の中心として、東北日本海側(青森・秋田・山形・新潟、合計約100万ha)、上信越山地(新潟・群馬・長野、約30万ha)、北関東山地(栃木・福島南部、約15万ha)、中部山岳東斜面(山梨・長野、約10万ha)、西日本ブナ帯(中国山地・四国山地・九州中央山地、合計約20万ha)の6地域に大別されます。総ブナ林面積は天然林ベースで約170-200万ha規模と推計され、日本の天然林(約1,360万ha)の12-15%に相当します。

主要ブナ林帯 概算面積 主要特徴・指定区分
白神山地(青森・秋田) 約13万ha 世界遺産核心地域16,971ha、原生的ブナ純林
奥羽山脈(青森-福島) 約60万ha 国有林・水源林帯、八甲田・栗駒・吾妻
越後山地(新潟・福島) 約25万ha 魚沼・只見・阿賀野水源林
上信越山地 約20万ha 志賀高原・苗場山・谷川岳
北関東山地 約15万ha 日光・那須・檜原山岳地
中部山岳東斜面 約10万ha 南アルプス・八ヶ岳東面
西日本ブナ帯 約20万ha 大山・三瓶・剣山・祖母山

東北日本海側のブナ林帯が日本最大の規模を持つ理由は、第1に多雪気候(年最大積雪深3-5m)がブナの生育適地と一致すること、第2に明治期以降の保安林指定・国有林化が早期に進んだこと、第3に開発圧力(鉱山・農地化・水力発電開発)が相対的に低かったことの3点です。一方、西日本ブナ帯は標高1,000-1,500mの高標高地に隔離分布する規模の小さな個体群が多く、気候変動に対して脆弱性が高い構造を持ちます。九州中央山地(祖母山・傾山周辺)の隔離集団は、潜在生育域の縮小により21世紀末に局所絶滅する可能性が指摘されており、保全優先度が特に高いブナ集団です。

ブナ林産業の地域経済

ブナ林帯の地域経済におけるブナの重要性は、木材販売額のみで測ることはできません。観光収入(白神山地ビジターセンター・トレッキングツアー・温泉宿泊)、林産物販売(ブナの実加工品・ブナ若葉茶等)、教育・研究収入(フィールドステーション・大学演習林)、文化資源(ブナ帯文化圏のクラフト・食文化)等の複合的な経済価値が、ブナ林帯の地域社会を支えます。

白神山地の観光経済は年間50-80万人の入山者数を擁し、関連消費額は年間数十億円規模に達します。青森県西目屋村・鯵ヶ沢町、秋田県藤里町等のブナ林帯町村は、観光振興・移住定住・ふるさと納税を組み合わせた地方創生戦略をブナ資源を中核に展開しています。新潟県十日町市・南魚沼市等の越後ブナ林帯では、棚田・里山ツーリズムとブナ二次林ツーリズムが連動した着地型観光ビジネスが育っています。

気候変動と分布縮退

分布変動予測

ブナは気候変動への感受性が高い樹種として、各種シミュレーションで分布縮退が予測されています。

  • RCP8.5シナリオ下、2081〜2100年における潜在生育域は現在の30〜50%程度に縮退
  • 標高下限地域(西南日本・低標高地)での衰退が顕著。
  • 標高上限・北海道での北上も予測されるが、追随速度が遅い。
  • 九州南部の隔離集団は局所絶滅リスク高。

適応戦略

  • 遺伝資源バンクの整備(林木育種センター)。
  • 標高・緯度傾度に沿った試験植栽(assisted migration)。
  • 長期生態研究サイト(JaLTER等)でのモニタリング継続。
  • 気候変動下の更新動態のモデル化。

経済的視点:木材市場

ブナの用途別市場価格レンジ曲木家具材椅子・家具12〜25万円/m³床材・フローリング硬さ活用8〜18万円/m³玩具・道具材白色木理6〜14万円/m³0万8.33333万16.6667万25万33.3333万41.6667万50万
図4:ブナの用途別市場価格レンジ(市況により変動。取引時の参考値)

市場規模と価格

項目 水準
国産ブナ素材生産量 年間10〜20万m³
山土場価格(A材) 10,000〜20,000円/m³
製材歩留まり 50〜55%
家具用フリッチ材 30,000〜80,000円/m³
無垢フローリング小売価格 10,000〜20,000円/m²

収益構造

ブナ林業は木材販売+水源涵養価値+観光資源+炭素吸収の複合構造で成立します。木材単独では利益が出にくい一方、生態系サービスを統合評価すれば極めて高い社会的便益を生みます。

B/C比の試算

  • 木材販売単独:B/C比 0.8〜1.0。
  • 水源涵養加算:B/C比 3.0〜5.0。
  • 観光・生物多様性加算:B/C比 4.0〜8.0。

ブナ蒸気曲げ加工の技術詳細

ブナの蒸気曲げ加工(steam bending)は、19世紀半ばにドイツのトーネット社(Thonet)が産業化した木材成形技術です。蒸気で含水率と温度を上げて軟化させたブナ材を、金型に押し付けて曲線形状を作り、固定したまま冷却・乾燥させることで永続的な曲面を保持する手法です。蒸気温度は90-100℃、加湿時間は厚み1mmあたり約1分(厚さ20mmなら20分程度)が標準的な工程パラメータで、加工時の含水率は20-25%レンジが最適とされます。

加工パラメータ 標準値 備考
蒸気温度 90-100℃ 飽和蒸気圧
加湿時間 厚み1mm/分 材厚20mmで20分
加工時含水率 20-25% 乾燥前の生材状態
最小曲率半径 材厚×3-5 無破断条件
乾燥固定時間 12-72時間 含水率10-12%まで
スプリングバック率 5-15% 金型補正必要

ブナが蒸気曲げに最適な理由は、第1にヘミセルロース・リグニンの軟化温度がスギ・ヒノキ・ナラ・カエデと比較して曲げ加工に適した範囲にあること、第2に繊維配向が均質で繊維方向の引張強度のバラツキが小さいこと、第3に蒸気軟化後の塑性変形限界が大きく曲率半径を小さく取れることの3点です。トーネット社の名作「No.14椅子」(1859年発表、累計5,000万脚以上生産)はブナ蒸気曲げの代表的応用で、現代まで続くデザインクラシックです。日本では飛騨高山の家具メーカー(飛騨産業・キツツキマーク等)がブナ蒸気曲げ家具を製造しており、国産ブナの主要付加価値用途として機能しています。

ブナ林の物質循環と生態系サービス

ブナ林は冷温帯林の極相林として、長期的に安定した物質循環を営みます。年間落葉量は1ヘクタールあたり約3-5トン、これが分解されて1ヘクタールあたり40-60リットル/m²の腐植層を維持します。腐植層の窒素含量は0.5-1.5%、リン含量は0.05-0.15%レンジで、ブナ林床は天然の窒素・リン肥沃地となっています。林床の動物相も豊富で、ブナハバチ・キボシカミキリ・オオミズアオ等の昆虫類、ヒメネズミ・ヤマネ・カモシカ等の哺乳類、ウグイス・コルリ・オオルリ等の鳥類が固有の群集を形成します。

生態系サービス 推計値 機能内容
炭素固定(生立木) 200-400tC/ha 高蓄積極相林
炭素固定(土壌) 100-200tC/ha 腐植層・鉱質土層
水源涵養(保水量) 1m²あたり40-60L 腐植層+鉱質土層
融雪緩和効果 1-3週間遅延 林冠遮蔽・蒸発抑制
生物多様性 高度 800種以上の関連生物
観光・レクリエーション 高度 エコツーリズム需要

ブナ林の総合的価値はm³単価ベースの木材販売額のみでは表現できず、水源涵養・炭素固定・生物多様性・観光資源の多面的機能を統合的に評価する必要があります。林野庁の試算では、ブナ林1ヘクタールの年間生態系サービス価値は数十万円〜100万円規模に達するとされ、これは木材生産の経済価値を大きく上回ります。森林環境譲与税・J-クレジット制度・PES(Payment for Ecosystem Services)の枠組みでブナ林の生態系サービス価値を経済化する試みが、現代林政の重要テーマとなっています。

用途展開の構造分析

用途別マーケット階層

  1. 家具:椅子、テーブル、ベンチ、収納家具。蒸気曲げ加工が定番。
  2. フローリング:住宅・公共施設の床材。
  3. 合板:特殊用途合板の表板。
  4. 楽器材:ピアノアクション部品、太鼓胴。
  5. 食器・台所用品:木皿、しゃもじ、まな板、玩具。
  6. パルプ・チップ材:製材残材の出口。
  7. 水源涵養林:上水道・農業用水の水源。
  8. 観光資源:白神山地・ブナ二次林ツーリズム。

識別のポイント(Field Guide)

ブナを見分ける手順

  1. 樹皮:灰白色で滑らか、地衣類が斑紋状に着生していればブナ可能性大。
  2. 葉:楕円形、葉縁が波状(鋸歯ではない)。
  3. 堅果:3稜の堅果(ブナの実)が落ちていればブナ。
  4. 立地:標高500m以上の冷温帯林、北向き斜面、多雪地。
  5. 樹形:大径化して傘状の樹冠を広げる。

最新知見・学術トピック

気候変動下の更新動態

近年の長期モニタリング研究で、ブナの稚樹定着率が温暖化と共に低下していることが報告されています。種子分散・発芽・初期成長の各段階で気候依存性が確認され、世代交代の脆弱性が定量化されています。

マスト年とクマ出没

ブナの結実不良年(凶作年)にクマの市街地出没が増加することが、長期データで確認されています。気候変動による結実パターンの変化が、人間社会との軋轢にどう影響するかが、現代林政・野生生物管理の重要テーマです。

遺伝的構造

白神山地・東北・越後・西日本の各地域集団は遺伝的に分化しており、氷期最終期の分布動態の名残と推定されています。各産地の遺伝資源保全の優先度が高く評価されています。

ブナ林の保安林・自然公園指定状況

日本のブナ林の大部分は、何らかの土地利用規制・保護指定下にあります。保安林指定では水源涵養保安林・土砂流出防備保安林・保健保安林の各区分でブナ林が広く指定され、累計で全ブナ林の約60-70%が保安林に該当すると推計されます。自然公園系では国立公園(白神山地は世界遺産・原生自然環境保全地域・自然環境保全地域の3重指定)、国定公園、都道府県立自然公園にブナ林が含まれます。森林生態系保護地域・植物群落保護林・希少野生動植物種生息地保護林等の保護林制度の対象にもブナ林が組み入れられています。

保護指定区分 ブナ林該当面積(推計) 主要規制内容
世界自然遺産 約2万ha 白神山地核心地域、完全禁伐
原生自然環境保全地域 約3万ha 行為規制、保全対象
国立公園・国定公園 約60万ha 特別地域・特別保護地区
水源涵養保安林 約100万ha 伐採規制・転用規制
保護林制度(林野庁) 約20万ha 森林生態系保護地域等

多重指定により大部分のブナ林が保全対象となる構造は、林業生産対象としてのブナ林の制約を意味します。年間ブナ素材生産10-20万m³は、これら保全対象外の民有林・国有林の通常施業区域から供給されており、原生的ブナ林の伐採はほぼ行われていません。原生林保全と林業利用の二極化が進んだ結果、ブナ林の多面的機能が地理的に分業される構造が形成されています。

ブナの育種・遺伝資源保全

ブナの遺伝資源保全は、林木育種センター(茨城県日立市)と各地域育種場の長期事業として継続されています。ブナはマツ・スギ・ヒノキと比較して育種の歴史が浅く、産地系統の保全・採種母樹の選抜・遺伝資源バンクの整備が現在進行中です。優良母樹からの種子採取により、地域系統ブナ苗木の育成が進められ、白神系・東北系・越後系・上信越系・西日本系等の主要系統が遺伝的に区別されています。

気候変動下のブナ林保全戦略として、補助移植(assisted migration)の検討も始まっています。これは現在の生育適地から将来の生育適地(より高標高・より北方)へ、ブナの種子・苗木を計画的に移植する手法です。実施には倫理的・生態学的議論が必要ですが、世代交代速度(ブナは林冠到達まで80-120年)を考慮すると、自然移動だけでは気候変動の速度に追いつかないため、人為的支援を含めた保全戦略の重要性が高まっています。

よくある質問(FAQ)

Q1. ブナとイヌブナの違いは?

樹皮色が決め手です。ブナは灰白色で滑らか、イヌブナは黒褐色で粗いです。葉も、ブナは葉縁波状、イヌブナは葉縁鋸歯。標高でもブナの方が高標高に分布します。

Q2. ブナ材の家具はホームセンターで買えますか?

家具量販店・専門店で広く流通しています。「Beech材」表示の家具の多くがブナで、輸入材(ヨーロッパブナ)と国産ブナの両方があります。曲木椅子(トーネット型)が代表例です。

Q3. ブナは住宅構造材として使えますか?

耐朽性が低いため、構造主要部材より家具・内装材・フローリング向きです。屋外・水回り用途は不向きで、防腐処理を施しても長期使用は困難です。

Q4. 白神山地のブナ林は伐採されていますか?

世界遺産核心地域は完全禁伐です。バッファゾーンや非世界遺産地域では計画的な施業が一部で行われていますが、原生的ブナ林の保全が最優先です。

Q5. ブナの実は食べられますか?

食用可能です。ナッツ類として食味が良く、東北・北陸では伝統的に焙煎・粉末化して利用されてきました。クマ・ノネズミ・鳥類の重要な食糧でもあります。

Q6. ブナを庭木として育てられますか?

低標高・温暖地での育成は困難です。冷涼な高原(標高500m以上)でなければ実生苗からの育成は推奨されません。北海道・東北・北陸の冷涼地で記念樹・公園樹として植栽されています。

Q7. ブナ林の保水力はなぜスギ・ヒノキ人工林より高いのですか?

第1にブナ林の腐植層は厚さ5-15cmあり、スギ・ヒノキ人工林の2-5cmより厚いため、保水容量が大きいこと。第2に落葉広葉樹の葉脈構造が多孔質な腐植形成に寄与すること。第3に下層植生(ササ・低木)の発達がスギ・ヒノキ人工林より豊かで、林床全体の保水能力が高いこと。これら3要因が複合してブナ林の「緑のダム」機能を支えています。

Q8. ブナ材は価格が下落しているのですか?

1980年代以降、家具用無垢材市場の縮小(合板・MDF化)により、ブナA材の価格は緩やかな下落傾向にあります。2000年代の山土場価格は1m³あたり15,000-25,000円水準でしたが、2020年代は10,000-20,000円水準に低下しました。ただし高品質家具材としての需要は安定しており、優良材の特殊用途には依然プレミアム価格が付く構造です。

Q9. ブナの実は野生動物にとってどれくらい重要ですか?

クマ・ノネズミ・ヤマガラ等の野生動物にとって、ブナの実は秋の主要食糧です。マスト年(5-7年に1度の大量結実年)には個体群サイズが拡大し、凶作年には飢餓・移動分散が起こります。気候変動による結実パターンの変化はクマの市街地出没頻度と相関があり、人間社会との関係でも重要な影響因子です。

関連記事

まとめ

ブナは日本の冷温帯林の象徴であり、白神山地の世界自然遺産に代表される原生的ブナ林は世界最大級の規模を誇ります。気乾比重0.55〜0.65・曲げヤング係数10〜13GPaの中密度・高剛性構造性能と蒸気曲げ加工適性により、家具・フローリング・楽器材の安定供給を支える一方、水源涵養・生物多様性・古文化(ブナ帯文化圏)の総合的価値が現代林政の中心テーマとなっています。気候変動下の分布縮退(潜在生育域30〜50%減)という長期課題に対し、遺伝資源保全・適応戦略・スマート林業による広域モニタリングを統合することで、ブナ林の100年スパンでの持続性を担保することが可能です。総ブナ林面積170-200万haの大部分が保安林・自然公園・保護林の保護対象として位置づけられ、世界遺産核心地域の完全禁伐から計画的施業までの保全グラデーションが組まれている構造は、生物多様性保全と林業利用の両立モデルとして国際的にも参照される事例となっています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (2件)

コメントする

CAPTCHA


目次