ある一つの分子が、まったく正反対の三つの役割を一人で背負っている──そんな不思議な物質がストリゴラクトン(SL)です。植物が根からごく微量に出すこのテルペノイド系の分子は、土の中の菌根菌を呼び寄せる共生のシグナルであり、地上部の枝分かれを抑える植物ホルモンであり、同時に厄介な寄生植物の種子を発芽させてしまう誘引物質でもあります。しかも、この研究を世界の最前線で牽引してきたのは日本の研究者たちです。この記事では、発見の経緯から三つの機能、そして農業・林業への応用までをたどります。
寄生雑草の発芽因子から植物ホルモンへ
物語の始まりは1966年。米農務省のCookらが、綿の根の滲出液から、寄生雑草Strigaの種子を発芽させる因子を単離し、Strigaにちなんで「ストリゴール」と名づけました。当初はあくまで「困った寄生雑草を呼び寄せる物質」という位置づけでした。
転機が訪れたのは2005年です。大阪府立大学の秋山康紀らが、この物質群がアーバスキュラー菌根菌(AM菌)の菌糸を10⁻⁹M(ナノモル)というごく低い濃度で力強く分枝させることをNature誌に報告しました。寄生雑草の発芽因子と、菌根共生のシグナルが同じ物質だった──この発見が概念を一変させます。さらに2008年、フランスのGomez-Roldanらと、当時理研にいた梅原(Umehara)らがNatureとScienceに同時掲載し、SLが地上部の枝分かれを抑える内生ホルモンであることを証明。こうしてSLは、オーキシンやジベレリンに並ぶ「第9の植物ホルモン」として正式に認定されました。
三つの顔を持つマスターホルモン
SLが「マスターホルモン」と呼ばれるのは、進化的にも生態的にも対照的な三つの役割を一分子でこなすからです。
一つめは菌根共生のシグナルです。約4億年前から陸上植物と共に進化してきたAM菌は、植物の根から出るSLを感じ取って菌糸を枝分かれさせ、宿主の根へとたどり着きます。植物にとっては「ここに宿主がいますよ」と知らせる化学的な呼び鈴のようなものです。
二つめは枝分かれの抑制。頂芽から来るオーキシンの下流で、SLは側芽を休眠させて頂芽優位を保ちます。SLを作れない変異体は、こんもりと多分枝した矮性の姿になります。
三つめは、皮肉なことに寄生植物の発芽誘導という負の機能です。Striga(魔女草)やOrobanche(ハマウツボ)の種子は、宿主の根近くのSLを10⁻¹²Mという極微量で感知して発芽します。本来はAM菌を呼ぶための共生シグナルを、寄生植物が進化の過程で「盗聴」して宿主検出に悪用するようになったのです。Strigaはサブサハラアフリカで4,000万ha以上を侵し、年間1兆円規模の穀物損失をもたらす、3億人の小規模農家を脅かす大問題になっています。
農業と林業への応用
SL研究の最大の応用先が、このStriga対策です。なかでも注目されているのが「自殺発芽(suicidal germination)」という戦略。作付け前の畑にSLアゴニスト(合成類縁体)を散布し、土壌中のStriga種子を宿主のいない状態で発芽させて枯死させ、種子バンクそのものを枯渇させる長期対策です。あわせて、SLの分泌量が少ないコメやモロコシの抵抗性品種の育成も、IRRI(国際稲研究所)やICRISATで進められています。
正の側面の応用も豊かです。AM菌の接種剤と組み合わせれば植物のリン吸収効率が2〜4割向上し、化学肥料の投入を3割以上減らせるとされます。イネでは分げつ数(茎数)の最適化による増収、園芸では枝ぶりを整えた草姿改善にも使われ始めています。樹木分野では穀物に比べ研究の蓄積が少ないものの、スギ・ヒノキの菌根接種苗への活用、ポプラの樹形制御、街路樹のコンパクト化などが研究段階にあり、森林総研や京大農で樹木SL研究が進んでいます。
日本が世界を主導した研究
日本のSL研究を国際トップに押し上げた中核が、JSTのCREST「植物の生産性を制御するストリゴラクトン情報伝達」(2014〜2019年、研究総括:山口信次郎、総予算約8.5億円)でした。このプロジェクトからは、SL受容体D14がリガンドを加水分解しながら認識する珍しい仕組みの解明や、SLの受容と同時に光る蛍光プローブ「Yoshimulactone Green」の開発(土屋雄一朗ら、Science 2015)といった画期的な成果が生まれました。山口信次郎(京大化研)、秋山康紀(大阪公大)、土屋雄一朗(名大ITbM)らのグループは現在も世界研究の中心におり、SL研究は植物科学における日本の最大級の貢献分野の一つとなっています。出光興産などの企業も、ICRISATなどと連携してアフリカでのStriga抑制ソリューションの開発を進めており、社会実装のフェーズに移りつつあります。
よくある質問
Q. なぜ植物は、わざわざ寄生植物に発芽の信号を送ってしまうのですか?
A. SLはもともと、約4億年来のパートナーであるAM菌を呼び寄せるための共生シグナルです。寄生植物は、この多くの植物に共通する普遍的なシグナルを進化の過程で「盗聴」し、宿主を見つける手がかりとして利用するようになりました。植物にとっては、いわば意図しない副作用なのです。
Q. 「自殺発芽」とはどういう戦略ですか?
A. 作物を植える前の畑にSLアゴニスト(合成類縁体)を散布し、土の中のStriga種子を宿主がいない状態で発芽させて枯死させる方法です。発芽してしまえば宿主に寄生できず枯れるため、土壌中の種子バンクを長期的に減らせます。実用化は2030年前後と予測されています。
Q. 樹木や森林の分野での実用化は進んでいますか?
A. 穀物に比べると研究の蓄積が少なく、実用は限定的です。スギ・ヒノキの菌根接種の補助、ポプラの樹形制御、街路樹のコンパクト化などが研究段階にあり、森林総合研究所や京大農で樹木を対象としたSL研究が進められています。

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