樹木間の電気信号通信:5mm/秒で伝搬する植物ネットワークと菌根との二系統理解

樹木間の電気信号通信 | 森と所有 - Forest Eight

結論先出し

  • 樹木は「電気信号」と「菌根ネットワーク(CMN: Common Mycorrhizal Network)」の二系統で警報・栄養情報を伝達する。Szechyńska-Hebda et al.(2022)が直接接触する植物間で5 mm/秒の電気信号伝搬を実測している。
  • Suzanne Simardら(2025年Frontiers最新論文)は、近年の批判に対し、CMNが樹間の炭素・養分・情報伝達を媒介する複数経路の一つであることを再確認している。
  • 地下系の電気的伝達は土壌水分・菌糸を介した電気緊張伝導としてMizuta et al.(2020)が実測。林業現場での応用には未到達ながら、苗木耐性試験・林分ストレス検出への展開が期待される。

樹木が互いに「会話」しているという表現は、ジャーナリスティックには定着して久しいですが、研究現場ではここ数年で電気信号菌根ネットワーク(CMN)の二系統が独立かつ同時に作動することが定量的に示されつつあります。本稿では2022〜2025年の主要論文を踏まえ、樹木間情報伝達の機構と林業応用の可能性を整理します。樹間通信は単なる比喩ではなく、計測可能な物理現象として段階的に明らかになっており、スマート林業や苗木の事前順化技術への接続が見え始めています。

目次

クイックサマリ:樹間通信の二系統

項目 電気信号系 菌根ネットワーク系(CMN)
媒介 師管・木部・地表接触・土壌 菌糸(外生菌根/アーバスキュラー菌根)
伝達物質 イオン流(K+/Ca2+/Cl-)、活動電位類似波 炭素(同位体追跡 13C/14C)、リン、N、infochemicals
伝達速度 0.5〜5 mm/秒(葉面)/木部内では数十cm/秒の例も 数日〜数週間(同位体到達まで)
主要研究者 Volkov、Karpiński、Szechyńska-Hebda、Mizuta Suzanne Simard、Beiler、Selosse、Field
主要論文 Plant Cell 34(8): 3047 (2022) Frontiers in Forests and Global Change 7:1512518 (2025)
林業応用度 研究段階(センサーレベル) 苗木接種・母樹保残施業として一部実装

電気信号通信:定量化された5 mm/秒の伝搬

2022年7月、Szechyńska-Hebda、Lewandowska、Witoń、Fichman、Mittler、Karpiński らはThe Plant Cell誌上で、植物個体間の地上部直接接触による電気信号伝搬を実証しました(DOI: 10.1093/plcell/koac150)。実験設計はタンポポやArabidopsisの葉を相互に接触させ、片方を熱ストレスや高光ストレスで励起したうえで、もう一方への信号伝搬と生理応答を計測する形式です。

主要発見は次の通りです。第一に、信号は葉面で約5 mm/秒の速度で伝搬し、これはVPD(飽差)応答や水分シグナルではなく、純粋な電気的事象であること。第二に、銅線で接続した別容器の植物でも同等の信号伝搬と下流応答が再現されたこと(直流で再現、交流では失敗)。第三に、応答にはRBOHD(NADPHオキシダーゼ)、グルタミン酸受容体類似体(GLR3.3/3.6)、機械感受性チャネルが必要であり、ZAT12・APX2など既知のストレス応答遺伝子の発現上昇を伴うことです。

この結果は、植物が動物の活動電位類似のシステミックな電気的シグナリングを個体内で持つことを示した先行研究(Wildon、Volkov系列)を、個体間に拡張した点に意義があります。

植物個体間電気信号の伝搬模式図 送信側植物に熱ストレスを与えると、葉面接触を介して受信側植物に電気信号が伝搬する。速度は約5mm/s。 植物間電気信号の伝搬経路 送信側 熱ストレス ⚡刺激 5 mm/秒 葉面接触 受信側 気孔閉鎖・ROS生成
図1:植物個体間の電気信号伝搬模式図(Szechyńska-Hebda et al. 2022, The Plant Cell より作図)。葉面接触を介して約5 mm/sの速度で伝搬し、受信側で気孔閉鎖・ROS発生・ZAT12遺伝子発現上昇等の応答を誘起する。

樹木における電気信号研究:アボカド・ヤナギ・ポプラ

樹木種に限定した電気生理研究は2010年前後から散発的に進められてきました。Gil et al.(2008)はアボカドにおいて灌水と光照射条件下で木部の電気信号変動を観測し、木部内伝達速度がストレス強度と相関することを報告しています。Volkov、Lang、Markin らはヤナギ属(Salix)・ポプラ属(Populus)でも類似の電気的応答を報告しており、樹木が草本と同様の電気シグナリング機構を保持することは概ね確立しています。

Mizuta et al.(2020、Plant Signaling & Behavior)は植物個体間の地下部での電気緊張的シグナル伝達を実証しています。同実験では別々の容器の植物を電気的に接続した場合(同一容器・電線接続を問わず)、種類が異なる植物でも電気緊張伝搬が観測されました。樹木林分での再現は未だ限定的ですが、根系密度の高いプランテーション林では理論的に類似の地下電気的相互作用が想定されます。

菌根ネットワーク(CMN):Suzanne Simardの2025年最新論文

樹間通信のもう一つの主軸は菌根菌を介した経路です。Suzanne W. Simard、Teresa L. Ryan、David A. Perry が2025年1月にFrontiers in Forests and Global Change誌に発表したオピニオン論文(DOI: 10.3389/ffgc.2024.1512518)は、近年(特にKarstら2023の批判論文)以降にCMNの存在意義を疑問視する論調へ反論する形で、過去5年の知見を整理しています。

主要論点は次の通りです。CMNは樹木の根と他の樹木の根を菌糸で接続することが顕微鏡解析・DNAバーコーディング・同位体追跡の三系統で確認済みであり、炭素(13C/14C)・水・養分・infochemicalsの輸送が複数経路で同時に発生していること。CMN効果は森林タイプ・光環境・樹種特性で異なり、競争と協調が同時に存在すること。これらは「CMNが万能の協調ネットワークか」という二項対立ではなく、条件依存的な複合効果として理解すべきこと、です。

Simardのキャリア初期の代表論文である Beiler et al.(2010、New Phytologist)はカナダBC州ブリティッシュコロンビアの内陸モミ属林分で、樹齢・直径と菌糸接続度のスケール関係を初めて定量化しました。これが後に「Mother Tree(母樹)」概念の数学的基盤となっています。

菌根ネットワーク(CMN)模式図 母樹を中心に若齢樹・実生が外生菌根菌糸で連結される様子。同位体追跡で炭素・栄養塩の輸送が観測される。 Mother Tree を中心とした菌根ネットワーク 地表面 母樹 若齢樹 実生 若齢樹 実生 外生菌根菌糸(オレンジ線) 同位体トレーサーで C・N・P・水の流れを実測 経路は条件依存(競争と協調が同時発生)
図2:母樹(Mother Tree)を起点とする菌根ネットワーク模式図(Beiler et al. 2010, Simard et al. 2025 を参照して作図)。

批判と最新議論:CMNは過大評価されたか

2023年、Karst、Jones、Hoeksema らはNature Ecology & Evolution誌に「Positive citation bias and overinterpreted results lead to misinformation on common mycorrhizal networks in forests」を発表し、CMN研究には引用バイアスと過剰解釈が存在すると批判しました。彼らの論点は、CMNが本当に「コミュニケーション」として機能するか証拠は限定的で、観測される炭素移動の多くは菌糸自体の生命維持や根浸出液の再吸収で説明可能だ、というものです。

Simard 2025のオピニオン論文はこれに対し、CMNの機能存在機能の汎化主張は別問題であり、前者は確立、後者は条件依存と段階的に整理すべきとし、過去の同位体実験プロトコルや顕微鏡解析の方法論的妥当性を再確認しています。林学的には、母樹保残(Mother Tree retention)施業は若齢樹の生残率改善・生物多様性保全双方に効果があるという複数の証拠群(自身の長期試験地データ含む)を引いて、施業ガイドラインへの組み込みは正当化されるとしています。

樹木の電気信号と菌根ネットワークは協調するか

2025年時点で、両系統が同一の生理応答に統合されるかどうかは未解明領域です。Heilら(2010, Plant Signaling & Behavior)は揮発性有機化合物(VOC、特にメチルジャスモネート、(Z)-3-ヘキセニルアセテート)が地上部の隣接植物への警報役を果たし、信号化学物質(infochemicals)として機能することを示しました。電気信号・菌糸経路・VOCを統合した「樹木コミュニケーション全モデル」は、Mittlerグループ(米Missouri大)が現在進行形で構築中とされています。

林学的には、これら経路統合の理解は次の応用に直結します:

  1. 苗木の事前順化技術:ストレス耐性付与のため、苗畑段階で電気的・化学的プレストレスを短時間与え、林地植栽後の活着率を上げる試行が始まっています(Karpińskiグループ)。
  2. 林分ストレス早期検出:木部の電気信号変動を非侵襲的にモニタリングする樹幹電極が開発中で、干ばつ・病虫害の早期警報へ応用される見通しです。
  3. 菌根菌接種苗木:林地土壌に整合的な菌根菌を含む苗を植えることで、植栽後5〜10年の生残率と成長量が向上するエビデンスは既に多数蓄積(Smith & Read 2008、Hartmannら2020)。

日本の林業現場での示唆

日本でも林木育種センター・森林総合研究所が菌根菌接種苗(特にスギ・ヒノキ・カラマツ・トウヒ)の効果検証を進めています。森林研究・整備機構(FFPRI)のプロジェクトでは、コンテナ苗にあらかじめ菌根菌を共生させた状態で出荷し、植栽後の活着率・成長率を裸苗と比較する長期試験地が複数稼働しています。電気信号研究は東京大学・京都大学を中心に基礎的段階で、林業応用は2030年代以降と見込まれます。

母樹保残施業は、北米Pacific Northwest地域では Variable Retention Harvest(VRH)として実装されていますが、日本の主伐方式では明確な制度化はされていません。林野庁のガイドライン上は皆伐方式が主流で、母樹保残は天然更新を意図する地域(北海道・東北の広葉樹林)で部分的に行われている状態です。

本研究領域の経済的インパクト

樹間通信研究は、苗木生産・林分管理の生産性に間接的に作用します。Simard 2010の数値によれば、母樹保残施業を導入した場合の若齢林生残率改善は10〜30%程度(地域・樹種により幅)。これを日本の植林コスト(ha 80〜120万円)に当てはめれば、活着率10%改善は造林ROIで6〜8%相当の改善効果と試算されます(補植コスト・下刈り省略効果を含む)。長期的には林分の蓄積量増・収穫増として表れます。

施業タイプ 植栽コスト(ha) 活着率(5年) 補植発生率
裸苗・標準施業 約95万円 70〜85% 20〜30%
コンテナ苗・標準施業 約110万円 85〜95% 10〜20%
菌根菌接種コンテナ苗(試験段階) 約115〜125万円 90〜97%(試験例) 5〜15%

※活着率・補植発生率は森林総合研究所・道立林産試験場各種試験データの目安値。地域・施業条件で変動。

よくある質問(FAQ)

Q1. 樹木が「会話している」というのは比喩ですか、事実ですか

A. 比喩というより、現時点では「電気的・化学的・菌糸的シグナル交換が複数経路で実測されている」という意味で部分的な事実です。動物の意識的会話とは別概念で、システミックなストレス応答の同期化と理解する方が正確です。Simardは「communication」という語を意図的に使い、Karstらは「information transfer」という中立語を推奨しています。

Q2. 電気信号通信を林業現場で活用する方法はありますか

A. 2026年時点では研究段階です。樹幹に電極を取り付けて干ばつストレスや病害感染の早期検出をする樹幹電気生理センサーが、ヨーロッパでパイロット運用に入りつつあります。日本でもスマート林業のセンシング技術として研究が始まっています。

Q3. 菌根菌接種苗は実際に手に入りますか

A. 一部の苗木生産事業者で外生菌根菌(特にPisolithus属、Rhizopogon属)を接種したコンテナ苗が試験的に供給されています。価格は標準苗の1.1〜1.3倍程度ですが、植栽後の補植コスト削減でトータルコストは中立〜改善方向です。

Q4. CMNと共生する菌根菌の種類は何ですか

A. 大別すると外生菌根菌(ECM、マツ・ナラ・ブナ等の樹木に多い)とアーバスキュラー菌根菌(AM、スギ・モミ・カエデ・落葉広葉樹に多い)の2系統です。森林を構成する樹種により優占する菌根タイプが異なります。詳細は 森林菌類カテゴリの解説記事を参照ください。

Q5. 樹木間通信を意識して林業施業を変える必要はありますか

A. 母樹保残(VRH)・群状択伐・天然更新を組み合わせた施業は、菌根ネットワーク維持の観点でも有意義であることがエビデンスとして示されています。皆伐に比べて補植コストが下がる傾向があるため、長期収益分析を行う価値があります。

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