樹木間の電気信号通信:5mm/秒で伝搬する植物ネットワークと菌根との二系統理解

樹木間の電気信号通信 5mm | Forest Eight

「樹木同士が会話している」という話を、どこかで耳にしたことがあるかもしれません。少し前まではロマンチックな比喩のように扱われていましたが、ここ数年の研究で、樹間の情報伝達は電気信号菌根ネットワーク(CMN)という二つの系統で実際に計測できる現象だと分かってきました。この記事では、2022〜2025年の主要論文を手がかりに、その仕組みと、林業現場でどう生きてくるのかを整理します。

目次

電気信号:5mm/秒で伝わる「警報」

2022年、Szechyńska-Hebda らはThe Plant Cell誌で、植物が葉の接触を介して隣の個体へ電気信号を伝えることを実証しました。片方の葉に熱や強い光のストレスを与えると、もう一方の植物にも信号が伝わり、気孔を閉じたりROS(活性酸素種)を出したりといった応答が起きます。その伝搬速度は葉面で約5mm/秒。これは水分シグナルではなく、純粋に電気的な事象であることが確かめられました。

面白いのは、別々の容器に置いた植物を銅線でつなぐと、同じように信号が伝わった点です(直流では再現、交流では失敗)。応答にはNADPHオキシダーゼ(RBOHD)やグルタミン酸受容体類似体(GLR3.3/3.6)、機械感受性チャネルが関わっていました。動物の活動電位に似た仕組みを、植物が個体間でも使っていることを示した点に意義があります。化学物質(VOC・ホルモン)より速く、秒〜分単位で情報を渡せるのが電気信号の強みです。

植物個体間電気信号の伝搬模式図 送信側植物に熱ストレスを与えると、葉面接触を介して受信側植物に電気信号が伝搬する。速度は約5mm/s。 植物間電気信号の伝搬経路 送信側 熱ストレス 刺激 5 mm/秒 葉面接触 受信側 気孔閉鎖・ROS生成
図1:植物個体間の電気信号伝搬模式図(Szechyńska-Hebda et al. 2022, The Plant Cell より作図)。葉面接触を介して約5mm/sで伝わり、受信側で気孔閉鎖・ROS発生・遺伝子発現上昇を誘起する。

樹木そのものを対象にした研究も少しずつ進んでいます。アボカドやヤナギ、ポプラで木部の電気信号変動が報告されており、樹木も草本と同じ電気シグナリングを持つことはおおむね確立しています。信号の正体は、細胞膜を横切るイオン流(特にCa²⁺やK⁺)です。ストレスを受けると膜電位が一時的に変動し、活動電位や変動電位として周囲へ広がっていきます。ただし、根系から樹冠まで数十m規模をカバーする大木で、これがどこまで機能するのかはまだ計測技術の壁が大きく、林分スケールでの観測はこれからの課題です。

菌根ネットワーク(CMN):地下でつながる森

もう一つの軸が、菌根菌の菌糸を通じた地下の経路です。Suzanne Simard らが2025年にFrontiers誌で発表した論文は、近年高まったCMN懐疑論に応える形で、過去5年の知見を整理しています。CMNは樹木の根と根を菌糸でつなぎ、炭素(同位体追跡で確認)・水・養分・情報物質を運ぶ――これは顕微鏡解析・DNAバーコーディング・同位体追跡の三系統で確認済みだとします。

ポイントは、CMNが「いつでも助け合う万能ネットワーク」ではなく、森林タイプや光環境、樹種によって効果が変わる条件依存的な現象だという整理です。競争と協調が同時に起きている、というのが現在の理解です。Simardの初期の代表研究(Beiler et al. 2010)は、林分内の老齢大径木が菌糸ネットワークのハブとして働く「母樹(Mother Tree)」概念の数学的な土台になりました。母樹は若い木や実生への養分供給・防御シグナルの送り手とされ、内陸モミ属林分では1haあたり5〜15本ほどが目安です。

菌根ネットワーク(CMN)模式図 母樹を中心に若齢樹・実生が外生菌根菌糸で連結される様子。同位体追跡で炭素・栄養塩の輸送が観測される。 Mother Tree を中心とした菌根ネットワーク 地表面 母樹 若齢樹 実生 若齢樹 実生 外生菌根菌糸(オレンジ線) 同位体トレーサーで C・N・P・水の流れを実測 経路は条件依存(競争と協調が同時発生)
図2:母樹(Mother Tree)を起点とする菌根ネットワーク模式図(Beiler et al. 2010, Simard et al. 2025 を参照して作図)。

「CMNは過大評価では?」という批判

2023年、Karst らはNature Ecology & Evolution誌で「CMN研究には引用バイアスと過剰解釈がある」と批判しました。観測される炭素移動の多くは、菌糸自身の生命維持や根浸出液の再吸収で説明できる、というのが論点です。これに対しSimard 2025は、CMNの機能が存在することその機能を一般化して語ることは別問題だと整理し、前者は確立、後者は条件依存と段階的に捉えるべきだと反論しています。学術論争としては今後も続きそうで、より厳密な実験設計と長期データの蓄積がカギになります。林学的には、母樹を残す施業が若齢樹の生残率改善と生物多様性保全の双方に効く、という証拠群が積み上がっている点は見逃せません。

日本の林業現場への示唆

日本でも森林総合研究所(FFPRI)が、スギ・ヒノキ・カラマツなどの菌根菌接種苗の効果検証を進めています。あらかじめ菌根菌を共生させたコンテナ苗を出荷し、植栽後の活着率・成長率を裸苗と比べる長期試験地が全国で稼働中です。スギ・ヒノキは欧米で主流の外生菌根菌よりアーバスキュラー菌根菌が優占するため、接種の設計も欧米とは別物になる点が日本固有の難しさです。電気信号のほうは東大・京大を中心にまだ基礎段階で、林業応用は2030年代以降と見込まれます。

母樹保残施業は、北米のPacific Northwestでは Variable Retention Harvest(VRH)として実装済みですが、皆伐が主流の日本ではまだ制度化されていません。北米の保残率は10〜30%ほどで、日本の択伐(保残率50%以上)とは別の施業形態として、新しい選択肢になり得ます。実際のコスト感は施業タイプでかなり変わります。

施業タイプ 植栽コスト(ha) 活着率(5年) 補植発生率
裸苗・標準施業 約95万円 70〜85% 20〜30%
コンテナ苗・標準施業 約110万円 85〜95% 10〜20%
菌根菌接種コンテナ苗(試験段階) 約115〜125万円 90〜97%(試験例) 5〜15%
母樹保残+天然更新 約30〜50万円 条件依存(80〜95%) 10〜30%

※活着率・補植発生率は森林総合研究所・道立林産試験場の各種試験データの目安値。地域・施業条件で変動します。

樹幹に電極を付けて干ばつや病虫害を早期検出する電気生理センサーは、欧州でパイロット運用が始まっています。商用化が進めば、衛星・ドローン・地上センサーを束ねたスマート林業の監視システムに組み込まれていくでしょう。樹間通信の研究は、基礎科学から応用工学へと舞台を移しつつある、というのが今の立ち位置です。

気になるところをいくつか

樹木が「会話している」というのは比喩ですか、事実ですか

動物のような意識的な会話ではありませんが、電気的・化学的・菌糸的なシグナル交換が複数経路で実測されている、という意味では部分的な事実です。システミックなストレス応答の同期化、と捉えるのが正確でしょう。研究者の間でも、Simardは「communication」、Karstらは中立的な「information transfer」と、あえて言葉を使い分けています。

菌根菌接種苗は実際に手に入りますか

一部の苗木生産事業者で、外生菌根菌(Pisolithus属、Rhizopogon属など)を接種したコンテナ苗が試験的に供給されています。価格は標準苗の1.1〜1.3倍ほどですが、植栽後の補植コストが減るぶん、トータルでは中立〜改善方向になりやすいです。

樹木間通信を意識して施業を変える必要はありますか

母樹保残や群状択伐、天然更新を組み合わせた施業は、菌根ネットワークを保つ観点でも理にかなっているとされます。皆伐に比べて補植コストが下がる傾向があるので、長期の収益で比べてみる価値はあります。ただし日本では補助金制度や施業計画の認定基準との兼ね合いもあり、本格展開は2030年代が現実的な見通しです。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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