「植えてから収穫まで50年」――林業の最大の悩みは、この気の遠くなるような時間軸にあります。自分が植えた木を収穫するのは孫の世代、という構図では、なかなか再造林に踏み切れません。その壁を技術で崩そうとしているのが「エリートツリー」、なかでも近年実用化が進む第3世代特定母樹です。この記事では、エリートツリーがどんなもので、なぜ林業の経済性を変える力を持つのか、そして花粉症対策としての顔も持つことを、わかりやすく整理します。
エリートツリーとは何か
エリートツリーとは、ざっくり言えば「選び抜かれた優等生の木」です。出発点は精英樹(plus tree)。1956年に始まった国の林木育種事業で、全国の山から成長が早く幹がまっすぐな個体が数千本選ばれました。その優等生どうしを掛け合わせ、さらにその子のなかから優れたものを選ぶ――これを世代を重ねて繰り返してきたのが、林木育種センターの70年近い蓄積です。
世代が進むごとに性能は着実に上がってきました。下のグラフのように、第1世代で標準の1.1〜1.2倍、第2世代で1.3倍、そして第3世代では成長量が標準の1.5倍に達しています。
第3世代の真価は「伐期短縮」にある
成長が1.5倍と聞くと「木が太くなる」イメージを持つかもしれませんが、林業経営にとって本当に効くのは、収穫までの期間そのものが縮むことです。第3世代のスギは、これまで50年かかっていた伐期を約30年級にまで短縮できます。20年も早く収入が入るというのは、経営の現在価値(NPV)を1.5〜1.8倍に押し上げるほどのインパクトです。
世代ごとの特性を整理すると次のようになります。第3世代では成長と伐期短縮に加えて、通直性の向上や病害抵抗性、後述する無花粉化といった複数の良い性質を併せ持つのが特徴です。
| 世代 | 成長量(標準比) | 伐期目安(スギ) | 主な特性 |
|---|---|---|---|
| 標準(在来) | 1.0倍 | 50年級 | — |
| 第1世代 | 1.1〜1.2倍 | 45年級 | 初期育種 |
| 第2世代 | 1.3倍 | 40年級 | 少花粉スギ実用化 |
| 第3世代特定母樹 | 1.5倍 | 30年級 | 無花粉・病害抵抗性・複合形質 |
こうした優良系統は、2013年の法改正で設けられた「特定母樹」制度のもと、成長量1.5倍以上・通直性・地域適応性などの要件を満たして農林水産大臣が指定します。判定の前提となる後代検定(候補の子を全国の検定林に植えて性能を確かめる作業)だけで10〜20年を要する、地道な仕事です。2024年時点で全国400系統超が指定されています。
「速く育つと材が悪くなる」のか
成長が速いと年輪幅が広がって材が弱くなるのでは――これはよく聞かれる心配です。実際に林木育種センターの検定結果を見ると、第3世代スギの容積密度は標準より5〜7%ほど低下するものの、曲げ強度やヤング係数はほぼ同等で、構造材として問題なく使えるレベルにとどまっています。むしろ心材色は赤色系統が優先的に選抜されており、市場での評価はかえって高い傾向があるほどです。「速いけど弱い」という単純な話ではない、というのが現時点の知見です。
花粉症対策としてのもうひとつの顔
エリートツリー育種のもうひとつの大きな成果が、無花粉スギ・少花粉スギです。きっかけは1992年に富山県で発見された、遺伝的に花粉を作らない個体でした。これを起点に「立山 森の輝き」をはじめとする無花粉品種が実用化されています。無花粉は文字どおり花粉ゼロ、少花粉は標準系統の1%以下という基準です。
日本のスギ花粉症人口は約4,000万人と推計され、社会経済損失は年間数兆円規模とも言われます。林野庁は再造林するスギの50%以上を2030年までに少花粉・無花粉化する目標を掲げています。ただし、効果が実感できるようになるには既存のスギ林を伐って植え替える必要があり、伐期の到来と足並みをそろえなければなりません。花粉飛散量の本格的な削減効果が現れるのは数十年先という、長い目線の対策である点は知っておきたいところです。
気候変動とこれから
エリートツリーは、温暖化対策の文脈でも期待されています。成長量が1.5倍なら単位面積あたりのCO2吸収量も概ね1.5倍になり、伐期短縮で回転が速まることも炭素貯蔵に有利に働きます。林野庁の試算では、全国でエリートツリー再造林を標準化した場合、2050年までの累積CO2吸収量が標準系統比で1億トン規模増える可能性があるとされています。
一方で課題も残ります。優良な少数系統に偏ると病虫害が一斉に広がるリスクがあるため、3〜5系統を混ぜて植える工夫が必要です。また成長が1.5倍でもシカの食害には弱く、防護柵との併用が前提になります。苗木の供給能力(2030年に年間1,000万本超を目標)の拡大や、将来の気候を見越した耐乾性・耐風性系統の育種も進行中です。次世代のDNA選抜技術によって育種期間そのものを縮める取り組みも始まっており、エリートツリーはまだ進化の途上にあります。
よくある質問
普通の苗木と何が違うのですか?
エリートツリーは選抜・育種を重ねた優良系統で、成長量・通直性・病害抵抗性などで標準苗を上回ります。とくに第3世代は成長1.5倍に加え、無花粉・少花粉化といった付加価値を持ちます。苗の価格は標準苗の1.2〜1.5倍ほどですが、森林環境譲与税や森林整備事業の補助対象になることが多く、伐期短縮効果も含めれば経済性はむしろ優位です。
無花粉スギと少花粉スギはどう違うのですか?
無花粉は遺伝的に花粉をまったく作らない品種で、花粉症対策としては決定的です。少花粉は標準の1%以下に抑えたもので、系統数が多く普及を広げやすいという利点があります。再造林の現場では、地域や供給状況に応じて両者を使い分けています。
どこで入手できますか?導入の流れは?
各都道府県の林業普及指導員や認定苗木業者を通じて入手でき、市町村の森林環境譲与税事業の対象苗木に含まれることも多くあります。植栽の2年ほど前から計画を立て、1.5年前には苗木を発注しておくのが目安です。地域に合った系統を選び、シカ防護柵を設けたうえで植栽すれば、コンテナ苗なら通年植えられます。

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