森林の土を1グラムすくうと、その中には菌類が10万〜100万個体、細菌が10億〜100億個体もひしめいています。しかもその大半は、シャーレで培養しようとしても育ってくれません。長らく「見えない大多数」だったこの微生物たちを、DNAから丸ごと読み取って可視化する——それがメタゲノム解析です。とくに菌類を見るときの目印になるのが「ITS領域」のシーケンシング。ここでは、その仕組みから実際の解析の流れ、森林管理での使われ方までをかみくだいて整理します。
培養しなくても、全体像が見える
メタゲノミクスは、環境試料に含まれる全微生物のDNAを、培養を介さずまとめて解析する手法です。従来の「培養して純粋分離してから同定する」やり方では、土壌微生物の99%が培養できず見逃されていました。NGS(次世代シーケンサー)の登場でこの壁が崩れ、関連論文は2005年の年100報未満から2024年には年2万5千報へと爆発的に増えました。
方法は大きく二系統あります。ITSや16Sといった特定領域だけを増幅して群集の顔ぶれを安く捉えるアンプリコン法が主流で、1検体1〜5万円。これに対し全DNAを読んで窒素固定などの機能遺伝子まで調べるショットガン法は1検体20〜50万円と高価です。森林研究の多くは前者から始めます。
なぜITS領域なのか
ITS(Internal Transcribed Spacer)は、菌類のリボソームRNA遺伝子の中にあるスペーサー領域です。機能的な縛りがゆるいぶん進化が速く、種ごとに配列の違いが大きい。一方で両隣の領域は保存性が高いので、共通のプライマーで安定して増幅できます。この「変わりやすい中身を、変わりにくい縁で挟む」構造が好都合で、2012年に菌類の公式バーコード領域として国際的に確立されました。
コストとスループット重視ならIllumina MiSeqでITS2(300〜400塩基)を読み、精度重視ならOxford NanoporeでITS全長を読む、という使い分けが一般的です。ITS全長の解析が実用化したことで、種同定の精度は従来の85〜90%から95〜98%に向上したと報告されています(Tedersoo et al. 2018)。ただしプライマーごとに「特定の系統を過大・過小評価する」クセがあり、同じ土でもプライマーを変えると検出種の3〜4割が入れ替わるため、複数併用で偏りを抑えるのが今の標準です。
採取から解析までの流れ
解析は現場での試料採取から始まります。土壌コアサンプラーで深さ0〜10cmから採取し、2mm目のふるいで根や石を除いて−80℃で凍結。1試料あたり数回の反復を取るのが推奨です。DNA抽出はQiagenのPowerSoil Pro Kitが事実上の世界標準で、土壌をビーズで物理的に砕いてから界面活性剤で溶かし、シリカカラムで精製します。
続くPCRは二段階法が主流です。1段階目で目的領域を増やし、2段階目でシーケンサー用のアダプターとサンプル識別バーコードを付けます。サイクル数は25〜30が目安で、35を超えるとキメラ(誤った合成配列)が増えます。読み取りはIllumina MiSeq(1ランで約2,500万リード、数百検体を多重化)が主力です。得られた配列はソフトウェアで品質処理し、DADA2でASV(1塩基単位の正確な配列)を推定、UNITEなどのデータベースに照合して「どの菌か」を割り当て、最後に多様性を計算します。採取から解析完了まで、通常2〜4か月かかります。
同定の精度を決めるデータベース
解析の精度は、照合先のデータベース次第です。森林菌類で最重要なのがUNITE(エストニア・タルトゥ大学運営)で、2024年版で菌類ITS配列240万件を収録。未記載種にも安定したIDを割り当てられるのが強みです。細菌側ではSILVA(ドイツ・マックスプランク研究所)が940万配列を持つ二大標準のひとつ。全生物を網羅するNCBI GenBankは2.6億配列と膨大ですが、誤同定配列が10〜20%混じるため、キュレーションされたUNITEなどと併用するのが定石です。菌の生活型(腐生・菌根・病原など)を予測するFUNGuildのような機能予測ツールも合わせて使います。
森林土壌の菌は4タイプに分かれる
森林土壌の菌類は、はたらきで大きく4つに分かれます。マツ科・ブナ科の根に共生する外生菌根菌(ECM)は、樹木から炭素をもらう代わりに養分と水を供給し、土壌菌類バイオマスの30〜60%を占めます。ベニタケ属やテングタケ属、マツタケを含むキシメジ属などが代表です。スギ・ヒノキや多くの広葉樹に共生するアーバスキュラー菌根菌(AM)は種数こそ少ないものの、森林の炭素循環で大きな役割を担います。落ち葉や枯れ木を分解する腐生菌は森林の「分解者」、そしてナラ枯れの原因菌Raffaelea quercivoraやマツ材線虫病に絡む菌などの植物病原菌です。
樹種ごとに顔ぶれもはっきり変わります。マツ林ではSuillus属やマツタケを含むTricholoma属が、ナラ林ではRussulaやCortinariusなど多様な群集が優占します。Tedersooらの世界比較ではナラ林のECM多様性は世界最高水準でした。ナラ枯れの被害地では群集が激変し、原因菌Raffaeleaの相対量が健全林の1〜5%から被害木周辺で15〜40%まで跳ね上がる——こうした変化を数値で追えるのがメタゲノム解析の力です。スギ・ヒノキの人工林では、森林総研の宮崎県試験で強度間伐の3年後にAM群集の多様性が15〜25%増えることも確認されています。
気候変動の影響を測る物差しに
気候変動は森林の菌類群集を確実に動かします。北半球70林分の10年データでは、年平均気温が1℃上がるとECM群集の種組成が15〜25%入れ替わりました。寒冷地のCortinarius属が後退し、温帯型のRussula属やAmanita属が北上する傾向です。乾燥化が進めばECMが減ってAMが増え、森林の炭素貯留が長期的に5〜15%減りうるとの警告もあります。2022年の昆明・モントリオール生物多様性枠組では地下微生物が初めて保全対象に明記され、メタゲノムによる定量評価が政策の標準ツールになりつつあります。
研究室から林業の現場へ
応用はもう研究室の外に出ています。FSC認証林で生物多様性の指標として使う試み、菌根菌接種苗の定着率を定量評価する品質管理、被害が出る前に病原菌DNAを検出する早期警戒(林野庁のナラ枯れ対策で運用試験中)などです。間伐強度ごとの群集変化を比較して保残木の選定に反映したり、土壌炭素貯留の評価を通じてJ-クレジットの精度向上に役立てたりする検討も進みます。林地売買の際に生態系の健全性を評価する民間サービスも登場し、1林分10〜30万円で提供されています。
商業的な土壌診断も2020年頃から急増しました。日本では北海道システム・サイエンスやタカラバイオなどが1検体1〜5万円でITS/16S解析を受託しており、林業者や市民研究者でも検体を送れば依頼できます。市場規模は世界で2024年5億ドル、2030年には20億ドル超と予測されています。
よくある質問
解析の費用はどのくらい?
ITS/16Sのアンプリコン解析なら1サンプル1〜5万円(Illumina MiSeq、解析込み)が目安です。機能遺伝子まで読むショットガン法は1検体20〜50万円。採取から論文化までのプロジェクト全体では数百万円規模になります。
ITSと16Sの違いは?
ITSは菌類、16Sは細菌(と古細菌)の目印となる領域です。両方を併用することで、土壌微生物群集の全体像をつかめます。植物や動物用のマーカーを加えれば、生態系全体の解析にも広げられます。
検出された菌が実際に活動しているか分かりますか?
DNAの分析では死んだ菌のDNAも拾ってしまうため、活動の有無までは判別が難しいです。RNAを抽出して調べるメタトランスクリプトミクスを使えば、いま発現している遺伝子=活動中の菌が分かります。費用は通常のDNA解析の2〜3倍です。
- UNITE データベース
- SILVA データベース
- GlobalFungi Database
- 森林総合研究所(FFPRI)「メタゲノム解析手法ガイドライン」
- Tedersoo et al. (2018) Nature Methods/(2014) Science

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