【シラビソ】Abies veitchii|縞枯現象を担う亜高山帯針葉樹、軽量・無臭の構造特性と気候変動下の保全戦略

シラビソ | Forest Eight

シラビソ(Abies veitchii)は、本州中部から東北の亜高山帯、標高1,500〜2,500メートルあたりを代表する常緑針葉樹です。八ヶ岳、南アルプス、北アルプス、奥秩父、奥日光、蔵王……。日本アルプスの稜線を歩いたことがある人なら、足元から立ち上がるあのひんやりした針葉樹の森を覚えているはず。その主役がシラビソです。北海道のトドマツが同属の近縁種で、本州亜高山のシラビソとちょうど対をなす存在になっています。

気乾比重0.38軽軟材日本針葉樹DB主要分布標高1,500-2,500m亜高山帯樹高15-25m最大30m級分布本州中部〜東北亜高山四国剣山に飛び地
シラビソ主要諸元
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どんな木か

樹高は15〜25メートル(大きいもので30メートル級)、幹の直径は30〜50センチ。樹皮は灰白色でなめらか、年を取ると縦に細く割れます。この白っぽい樹皮が「白檜曽(しらびそ)」という名前のもとです。葉は線形で長さ1.5〜2.5センチ、先がわずかにへこみ、裏返すと2本の白い気孔帯がくっきり走ります。球果は枝に上向きにつく円柱形で、熟すと鱗片ごとぱらぱらと崩れ落ちる——これがモミ属に共通する特徴です。

名前の由来になった英名・学名のveitchiiは、19世紀の英国の植物学者ジョン・ヴィーチにちなみます。彼が園芸樹として欧州に持ち帰ったことから、海外でも観賞樹やクリスマスツリーとして知られるようになりました。寿命はおおむね100〜200年、条件がよければ250年級にもなりますが、寒冷な亜高山ではその成長はとてもゆっくりです。

逃げ場のない森

シラビソが暮らすのは、年平均気温マイナス1〜プラス5℃、降水量1,500〜3,000ミリという冷涼湿潤な亜高山帯。北限は蔵王・吾妻・八幡平、南は八ヶ岳・南アルプス、そして四国の剣山に飛び地で分布します。豪雪にもよく耐え、円錐形の樹冠は雪を滑り落とすための形だと言われます。オオシラビソやコメツガ、トウヒ、ダケカンバと混じり合い、ブナ帯の上、ハイマツ帯の下に広がる亜高山針葉樹林をつくります。

本州中部山岳の植生垂直分布高山帯(2,500m〜):ハイマツ帯・高山草本亜高山針葉樹帯(1,500-2,500m):シラビソ・オオシラビソ・コメツガ・トウヒ主役樹種:シラビソ山地帯(800-1,500m):ブナ・ミズナラ・カエデ落葉広葉樹低山帯(300-800m):コナラ・シラカシ・スダジイ・スギ・ヒノキ丘陵帯(〜300m):シイ・カシ照葉樹・里山
本州中部山岳の植生垂直分布

この「亜高山帯にしかいない」という性質が、シラビソの最大の弱点でもあります。温暖化が進むと適地は上へ上へと押し上げられますが、山頂より上には逃げ場がありません。気候モデルの予測では、100年で標高数百メートル分の上昇と南限の縮小が見込まれており、亜高山帯は気候変動の最前線に立たされています。実際、ニホンジカの分布拡大で稚樹の食害が南アルプス・八ヶ岳・奥秩父で深刻化しており、温暖化と食害という二重の圧力にさらされています。

白くて軽い、地味だけど働き者の材

木材は辺材も心材も淡い白色で、色ムラが少なく明るい印象。気乾比重0.38〜0.42の軽軟材で、近縁のトドマツやスギに近い物性です。刃物当たりがよく加工しやすく、緩慢に育つぶん年輪が詰まって寸法も安定しています。歴史的にはパルプ・チップ、割り箸、桶樽、そして均質な木質を活かしてピアノ響板などの楽器材にも使われました。今では商業伐採はごく限定的で、円錐形の整った樹形を活かしたクリスマスツリーとしての利用が目立つ程度です。

むしろシラビソ林の真価は、木を伐ることより森として在ることにあります。降雪や霧、雨を蓄えて夏の渇水期にも水を送り出す水源涵養、急斜面の土砂崩壊を抑える防災機能、そして老齢林の炭素貯留。ホシガラスやルリビタキ、ニホンカモシカ、ライチョウといった亜高山ならではの生きものたちの住みかでもあります。多くは南アルプスや北アルプス、八ヶ岳、日光などの国立公園や林野庁の保護林として守られています。

オオシラビソとの見分け方

同じ亜高山帯に暮らすオオシラビソ(Abies mariesii)とはよく混生し、登山者泣かせの見分けにくさです。ざっくり言えば、シラビソは葉がやや短め(1.5〜2.5センチ)で球果は4〜7センチの紫〜淡褐色。オオシラビソは葉が長め(2〜3センチ)で葉裏の白がさらに目立ち、球果は8〜10センチと大きく青紫がかります。オオシラビソの方がより寒く雪深い立地を好む傾向があります。両種が分かれたのは約300〜500万年前と推定されています。

山の文化とともに

シラビソは登山史や山岳文学とも切り離せません。深田久弥「日本百名山」、新田次郎の山岳小説、串田孫一のエッセイ……亜高山針葉樹林の描写は数えきれないほど登場します。清涼な針葉の香りは、稜線を目指す登山者にとって忘れがたい山の記憶の一部。御嶽山や立山、木曽駒といった山岳信仰の地では、この森が神域として崇められてきた長い歴史もあります。登山ツアーや山小屋経営など、地域観光がこの亜高山景観に支えられている面も小さくありません。

よくある質問

Q. シラビソとオオシラビソの違いは?
葉の長さ、球果の大きさと色、葉裏の白の目立ち方で見分けます。オオシラビソの方が葉も球果も大きめで、より寒冷・多雪の立地を好みます。

Q. なぜ亜高山にしかいないの?
冷涼・湿潤・豪雪の環境に特化して適応した結果、温暖な低地では他の樹種との競争に負けてしまうためです。

Q. 登山で出会える場所は?
南アルプス・北アルプス・八ヶ岳・奥秩父・奥日光・蔵王・吾妻・八幡平など、標高1,500〜2,500メートルの登山道で広く見られます。常緑なので一年中観察できます。

出典・参考

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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