日本の森林は約2,505万ha。そのうちおよそ半分にあたる1,222万ha(2023年3月、林野庁)が「保安林」に指定されています。保安林とは、水を蓄えたり土砂崩れを防いだりといった、森が持つ公益的な働きを守るために、伐採などに制限をかけた森林のこと。種類は森林法で17に分かれていますが、実態は水源涵養と土砂流出防備の2つでほぼ説明がつきます。ここではその1,222万haが何にどう使われているのかを、できるだけ数字でほどいてみます。

保安林の中身は「水」と「土砂」でほぼ全部
1,222万haという数字を種類別に割ってみると、構造はとてもシンプルです。水源涵養保安林が928万haで全体の76%、土砂流出防備保安林が260万haで21%。この2つを足すだけで97%に届きます。残り15種類――防風、潮害防備、なだれ防止、魚つき、保健など――は地域の防災や生活環境を支える大切な役割を持ちますが、面積を合わせても28万ha、全体の2%強にとどまります。日本の保安林制度が、何よりも「水を守ること」と「土砂災害を防ぐこと」を軸に組み立てられてきたことが、この比率からそのまま読み取れます。
なお、ダム上流のように水源涵養と土砂流出防備の両方を兼ねる森は両方に重複指定されるため、種類別の合計は1,300万ha超になります。1,222万haは、その重複を差し引いた「実面積」です。本稿の種類別の数字は重複を含む指定面積ベースで読んでください。
最大区分・水源涵養保安林928万ha
水源涵養保安林は、ダム上流や水道・農業用水の取水点の上流、地下水を養う地域などに指定されます。森の保水力を保つために、皆伐は許可制、伐採は届出制という縛りがかかります。分布を見ると北海道に約260万ha、東北に約180万ha、中部に約140万haと北日本・中央日本に集中していて、この3地域だけで保安林全体の6割ほど。石狩川、北上川、利根川、信濃川、木曽川といった主要河川の源流域に大きな森が広がっていることが、そのまま面積に表れています。下の表に地域別のおおよその内訳をまとめました。
| 地域 | 水源涵養 | 土砂流出防備 | 主な対象水系 |
|---|---|---|---|
| 北海道 | 約260万ha | 約30万ha | 石狩川・天塩川・十勝川 |
| 東北 | 約180万ha | 約45万ha | 北上川・最上川・阿賀野川 |
| 関東 | 約65万ha | 約20万ha | 利根川・荒川・那珂川 |
| 中部 | 約140万ha | 約45万ha | 信濃川・木曽川・天竜川 |
| 近畿 | 約65万ha | 約25万ha | 淀川・紀の川・由良川 |
| 中国・四国 | 約120万ha | 約55万ha | 江の川・吉野川・四万十川 |
| 九州・沖縄 | 約95万ha | 約40万ha | 球磨川・大淀川・川内川 |
この保水機能には経済的な裏づけもあります。日本学術会議が2001年に出した多面的機能評価では、森林の水源涵養(洪水緩和+水資源貯留)の年間価値は概ね35兆円規模と試算されました。1ha換算で年140万円ほど。あくまで代替法などによる推計で評価方法によって幅は出ますが、伐採規制や財政支援を正当化する根拠として今も参照されています。
急傾斜地を守る土砂流出防備保安林260万ha
2番目に大きいのが土砂流出防備保安林。雨や雪どけで表土が流れ出すのを抑えるための区分で、急傾斜地や地質のもろい場所、過去に崩れた履歴のある区域に集中します。260万haのうち約180万haが国有林、約80万haが民有林。急斜面を多く抱える国有林の比重が高いのが、水源涵養保安林との大きな違いです。皆伐は原則できず、択伐主体の施業に植栽義務が組み合わさり、山腹工や流路工といった治山施設の整備も制度に組み込まれています。
近年は気候変動の影響が無視できません。時間雨量50mm以上の豪雨は、1976〜85年と2014〜23年を比べると年間発生回数が約1.5倍に増えています。林野庁は災害履歴地への重点的な指定追加と、既存区域の複層林化・広葉樹林化・治山施設整備を二本柱に進めており、治山事業費(年間およそ800〜900億円)の主要な配分先がこの区分です。
国有林は9割、民有林は3割という偏り
所有形態で見ると保安林の性格がよく分かります。国有林758万haのうち約680万ha(90%)が保安林に指定されているのに対し、民有林1,747万haでは約540万ha(31%)にとどまります。この差は、国有林がもともと急傾斜地・水源域・原生的な森といった公益性の高い区域を歴史的に多く抱えてきたこと、そして「経営しても採算が取れない森」が結果的に国有林として残された経緯によるものです。民有林側は、補助金や税制優遇と経営の自由度を所有者がてんびんにかけて指定が進むため、地域差が大きくなります。
民有林の指定率は都道府県でばらつきが大きく、北海道では民有林の5割超、四国・九州の一部では7割超が保安林という県もある一方、首都圏・近畿の都市県では10〜20%台にとどまります。急傾斜地や水源域の割合、行政の指定推進姿勢、不在村所有者の多さといった要因が複雑に絡んだ結果です。
規制と優遇はセット
保安林に指定されると、所有者には制限と見返りが同時にかかります。制限としては、伐採に届出や許可が必要(皆伐は許可制、間伐は届出制)、土地の形質変更に許可が必要、落葉採取などの禁止、定められた施業方法への遵守など。一方の見返りとして、土地の固定資産税が非課税になり、相続税・贈与税の評価が下がり(通常林地の評価から3〜5割減)、造林補助金が上乗せされ、治山事業が優先的に実施されます。これらは伐採制限による所有者の損失を、税制と補助で社会的に埋め合わせる仕組みです。1ha当たりの優遇額は年間およそ5,000〜10,000円規模で、木材価格が低い時期にはそれなりのインセンティブとして効いてきます。
解除は厳格、面積は拡大が続く
保安林制度は1907年(明治40年)の森林法制定にさかのぼる古い制度です。当時の指定面積は300万ha程度と推定され、戦後の治山治水緊急措置法(1960年)などの整備を経て、1970年代に約700万ha、1990年代に約900万ha、そして2023年に1,222万haへと拡大してきました。最近の追加は、水道水源地域の指定、災害履歴地への土砂流出防備指定、海岸防災林の整備、都市近郊の保健保安林といった方向で進んでいます。
逆に解除もあります。道路・ダム・送電線などの公益事業や地域経済上必要な事業に限って、森林法第26条の手続きを経れば解除できますが、その際は同等の機能を持つ別の森を保安林に指定する「代替保安林」が原則として求められます。解除規模は年間数百ha程度で、手続きは森林審議会の議を経るなど厳格に運用されています。
よくある質問
Q. 保安林になると土地を自由に使えなくなりますか?
所有権そのものは残りますが、伐採・土地の形質変更・利用形態の変更などに届出や許可が必要になります。その代わり固定資産税が非課税になるなど経済的な優遇があり、「合理的な制限と見返りがセットになった公益指定」と考えるとわかりやすいです。
Q. 水源涵養保安林は1haでどのくらい水を蓄えますか?
林相や土壌、降水量で大きく変わりますが、年降水量1,500mm・土壌深1m程度の条件で1ha当たり年2,500〜3,500トン規模が代表的な試算値とされます。地下水を養う働きも加えると、流域全体への寄与はさらに大きくなります。
Q. 海岸防災林も保安林ですか?
多くは飛砂防備・潮害防備・防風といった保安林として指定されています。東日本大震災後の海岸防災林再生事業(東北6県、被災延長約140km)でも、再生区域は順次これらの保安林に再指定されています。

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