日本の保安林面積は1,222万ha(2023年3月時点、林野庁)に達し、全森林2,505万haの49%、すなわち日本の森林の半分が何らかの公益的機能を担う保安林に指定されています。種類別では水源涵養保安林が約9割を占める928万ha、土砂流出防備保安林が260万ha、土砂崩壊防備保安林が60万ha、潮害防備・干害防備・防風・魚つき・保健等を含めて17種類の保安林が森林法第25条に基づき指定されています。本稿では1,222万haの機能別分布を、面積・地域差・指定経緯・解除動向の4軸から構造的に整理します。
この記事の要点
- 保安林1,222万haは森林全体の49%、国土の約32%を占め、水源涵養保安林928万ha(76%)が最大区分。土砂流出防備保安林260万haを加えた2区分で全保安林の97%。
- 17種類の保安林のうち、水源涵養・土砂流出防備・土砂崩壊防備の3区分で実質構造を形成。残り14種類は合計面積で全体の3%未満だが地域防災・生活環境機能を担う。
- 保安林指定面積は1990年代の900万ha水準から2020年代の1,222万haへ拡大が続いており、特に水源涵養保安林の指定が水道水源保護等の観点から進展してきた。
クイックサマリー:保安林の主要数値
| 指標 | 数値 | 出典・備考 |
|---|---|---|
| 保安林面積(実面積) | 1,222万ha | 林野庁2023 |
| 森林面積に占める保安林比率 | 48.8% | 森林全2,505万ha |
| 国土面積に占める比率 | 約32% | 国土3,780万ha |
| 水源涵養保安林 | 928万ha | 保安林の76% |
| 土砂流出防備保安林 | 260万ha | 保安林の21% |
| 土砂崩壊防備保安林 | 約6万ha | 保安林の0.5% |
| 防風保安林 | 約5.7万ha | 海岸防災林等 |
| 保健保安林 | 約7万ha | 公園等 |
| 魚つき保安林 | 約6万ha | 海岸線 |
| 保安林種類数 | 17種類 | 森林法第25条 |
| 国有林に占める保安林比率 | 概ね90% | 国有林758万ha |
| 民有林に占める保安林比率 | 概ね30% | 民有林1,747万ha |
保安林1,222万haの全体構造
保安林は森林法第25条に基づき、農林水産大臣または都道府県知事が指定する公益的機能の維持区域です。指定された森林では、伐採制限(届出・許可制)、土地の形質変更の制限、立木竹の損傷の禁止等の規制が課され、公益的機能を維持するための施業基準が適用されます。一方で固定資産税の減免、相続税の評価減、伐採時の所得税優遇等のインセンティブも存在し、規制と優遇を組み合わせた制度設計です。実面積1,222万ha(同一森林に複数機能が指定された場合は重複面積を控除した実面積)は森林の49%、国土の32%を占め、世界的に見ても森林の機能保全率が高い水準です。
保安林の総指定面積は重複指定を含めて約1,300万ha超に達しますが、複数機能が重なる森林の重複を調整した実面積が1,222万haです。たとえばダム上流部の森林は、水源涵養機能と土砂流出防備機能の両方を担う場合が多く、両保安林に重複指定されることが珍しくありません。林野庁の集計上、面積管理は実面積(重複調整後)と種類別面積(重複含む)の2系統で行われ、本稿の数値は原則として種類別面積(指定面積ベース)です。
水源涵養保安林928万ha:最大区分の構造
水源涵養保安林は森林の保水機能を維持するために指定される区分で、ダム上流部、生活用水・工業用水・農業用水の取水点上流、地下水涵養域等が対象となります。指定面積928万haは保安林全体の76%を占め、保安林制度の中核区分です。指定の根拠は森林法第25条第1項第1号で、「水源のかん養」を目的に、伐採時の届出制、皆伐の許可制、保安施設事業(治山)等の規制・支援が適用されます。
水源涵養保安林の地域分布
水源涵養保安林の地域分布は、北海道(約260万ha)、東北(約180万ha)、中部(約140万ha)の北日本・中央日本に集中しており、これらだけで保安林全体の約60%を占めます。これは、日本の主要水源河川(石狩川・北上川・最上川・利根川・信濃川・木曽川・天竜川・大井川等)の上流部に大規模な森林が存在することと、降水量の地域分布(年降水量の多い地域ほど水源としての価値が高い)が反映された結果です。一方で四国・九州でも合計約140万haが水源涵養保安林として指定され、瀬戸内海沿岸都市・南九州都市の水道水源を支えています。
| 地域 | 水源涵養保安林 | 土砂流出防備保安林 | 主要な指定対象水系 |
|---|---|---|---|
| 北海道 | 約260万ha | 約30万ha | 石狩川・天塩川・十勝川 |
| 東北 | 約180万ha | 約45万ha | 北上川・最上川・阿賀野川 |
| 関東 | 約65万ha | 約20万ha | 利根川・荒川・那珂川 |
| 中部 | 約140万ha | 約45万ha | 信濃川・木曽川・天竜川 |
| 近畿 | 約65万ha | 約25万ha | 淀川・紀の川・由良川 |
| 中国 | 約60万ha | 約25万ha | 江の川・吉井川・太田川 |
| 四国 | 約60万ha | 約30万ha | 吉野川・四万十川・仁淀川 |
| 九州・沖縄 | 約95万ha | 約40万ha | 球磨川・大淀川・川内川 |
水源涵養機能の貨幣換算
日本学術会議が2001年に公表した「森林の多面的機能評価」によれば、森林の水源涵養機能(洪水緩和+水資源貯留)の年間貨幣換算額は概ね35兆円規模とされ、森林全体の多面的機能評価額(概ね70兆円)の約半分を占める計算です。1ha当たり年間で換算すると概ね140万円相当の機能価値で、この貨幣評価が水源涵養保安林の制度的位置づけ(伐採規制・財政支援)の経済的根拠となっています。これは推計値であり、評価方法(代替法・ヘドニック法等)によって幅がある点に留意が必要です。
土砂流出防備保安林260万haの構造
土砂流出防備保安林は、降雨や融雪に伴う表土流出を抑制するために指定される区分で、急傾斜地、地質脆弱地、過去の崩壊履歴がある区域等に集中します。指定面積260万haのうち、約180万haが国有林、約80万haが民有林という配分で、急傾斜地を多く含む国有林の比重が高い点が水源涵養保安林との大きな違いです。指定根拠は森林法第25条第1項第2号で、伐採方法の制限(皆伐は原則不可、択伐主体)、植栽義務、保安施設事業による山腹工・流路工の整備等が制度として組み込まれています。
近年の気候変動に伴う豪雨頻度の増加(時間雨量50mm以上の年間発生回数は1976〜85年と2014〜23年の比較で約1.5倍)により、土砂流出防備保安林の重要性が再評価されています。林野庁の保安林整備計画では、災害履歴地・崩壊リスク地への重点的な指定追加と、既指定区域での保安林機能強化(複層林化・広葉樹林化・治山施設整備)の二つの軸で取り組みが進められています。土砂流出防備保安林に対する治山事業費は、林野庁の治山関係予算(年間概ね800〜900億円)の主要な配分先となっています。
その他15種の保安林:地域防災・生活環境機能
水源涵養・土砂流出防備の2大区分のほかに、保安林には15種類が存在します。土砂崩壊防備保安林(約6万ha)、飛砂防備保安林(約2万ha)、防風保安林(約5.7万ha)、水害防備保安林(約1千ha)、潮害防備保安林(約1.4万ha)、干害防備保安林(約12万ha)、防雪保安林(約千ha)、防霧保安林(約6万ha)、なだれ防止保安林(約2万ha)、落石防止保安林(約4千ha)、防火保安林(約3百ha)、魚つき保安林(約6万ha)、航行目標保安林(約3百ha)、保健保安林(約7万ha)、風致保安林(約3万ha)の15種で、合計面積は約28万haです。
機能別の地域特性
これらの保安林は地域防災・生活環境機能に直結します。たとえば防風保安林は北海道・東北・北陸の海岸地帯(庄内浜・北陸海岸等)と内陸の防風林帯に集中し、明治以降の植林事業(北海道庁、内務省、農林省)によって整備された海岸林の系譜を持ちます。潮害防備保安林・飛砂防備保安林は太平洋沿岸の津波・高潮対策と砂丘地の砂飛散防止機能を担い、東日本大震災(2011年)以降の海岸防災林再生事業(東北6県の沿岸域、被災延長約140km、面積約2,000ha)はこの区分の対象となっています。保健保安林は都市近郊の公園・自然休養林等を含み、東京近郊の高尾山・奥多摩、京阪神の箕面・嵐山等が代表例です。
| 保安林種別 | 面積 | 主目的 | 主な指定地域 |
|---|---|---|---|
| 防風保安林 | 約5.7万ha | 風害軽減・耕地保全 | 北海道・北陸海岸・庄内 |
| 飛砂防備保安林 | 約2万ha | 砂丘地の砂飛散防止 | 鳥取砂丘・遠州灘・九十九里 |
| 潮害防備保安林 | 約1.4万ha | 塩害・津波軽減 | 三陸沿岸・房総・四国 |
| 干害防備保安林 | 約12万ha | 水源確保(地下水) | 瀬戸内・沖縄等少雨地 |
| なだれ防止保安林 | 約2万ha | 雪崩発生・流下防止 | 北陸・東北豪雪地 |
| 魚つき保安林 | 約6万ha | 海浜環境・水産資源 | 全国海岸線・湖沼周辺 |
| 保健保安林 | 約7万ha | 保健休養・自然教育 | 都市近郊森林・自然休養林 |
| 風致保安林 | 約3万ha | 景観保全 | 名勝地周辺・歴史的景観地 |
所有別構造:国有林に集中する保安林
保安林の所有別内訳を見ると、国有林758万haのうち約680万ha(90%)が保安林指定を受けているのに対し、民有林1,747万haのうち保安林は約540万ha(31%)にとどまります。この大きな差は、国有林が急傾斜地・水源域・原生的森林等の公益機能の高い区域を歴史的に多く含むこと、保安林指定により事実上「経営困難森林」が国有林として残された経緯があることに由来します。民有林側は、補助金・税制優遇と経営自由度のバランスを所有者が判断したうえで指定が進む構造で、地域差が大きいのが特徴です。
民有林の保安林指定率は都道府県別に大きな差があり、北海道では民有林の50%超が保安林、四国・九州の一部県では70%超が保安林指定を受けている県も存在する一方、首都圏・近畿の都市県では10〜20%台にとどまります。これは、急傾斜地・水源域の比率、地域行政の指定推進姿勢、所有者構造(不在村所有者の多寡)等の複合要因による差です。
保安林指定の経緯と面積拡大
保安林制度は1907年(明治40年)の森林法制定時から存在する古い制度で、当初は「公有林」「保護林」等の概念で運用されていました。1907年時点の保安林面積は概ね300万ha水準と推定され、戦中・戦後の食料・燃料難で一時減少した後、1950年代以降の治山治水緊急措置法(1960年)、保安林整備臨時措置法(1954年)等の制度整備により大幅に拡大しました。1970年代に約700万ha、1990年代に約900万ha、2010年代に1,100万ha水準を超え、2023年時点で1,222万haに達しています。
近年の指定追加は、(1)ダム建設・水道水源地域の指定、(2)山地災害履歴地への土砂流出防備指定、(3)海岸防災林の整備拡大、(4)保健保安林(都市近郊森林)の指定、の4方向で進んでいます。一方で解除も発生しており、住宅地・工業用地・道路・公共施設の開発に伴う部分解除が年間数百ha規模で実施されます。森林法第26条に基づく解除手続は厳格で、公益事業(道路・ダム・送電線等)または地域経済上必要な事業に限定され、解除する場合は代替保安林の指定(同等の機能を持つ別の森林の保安林指定)が原則として求められます。
保安林の規制と支援措置
保安林の所有者には規制と支援が同時に課されます。規制面では、(1)立木の伐採には届出または許可が必要(皆伐は許可制、間伐は届出制)、(2)土地の形質変更には許可が必要、(3)立木竹の損傷・落葉採取等は禁止、(4)指定された施業方法に従う、等の制限があります。違反した場合、森林法第207条等により罰則の対象となります。
支援措置:税制優遇と造林補助
支援面では、(1)固定資産税の非課税(保安林の土地)、(2)相続税・贈与税の評価減(通常林地評価の30〜50%減)、(3)所得税の伐採・造林経費控除特例、(4)造林補助金の上乗せ(保安林の植栽・下刈り等の標準補助率より高い率)、(5)保安施設事業(治山)の優先実施、等が設定されています。これらの税制優遇は、保安林指定により所有者が負う管理制限・経済的損失への補填的位置づけです。試算上、1ha当たり保安林指定による経済優遇額は年間概ね5,000〜10,000円規模で、立木価格低迷期には所有者にとって相応のインセンティブとなる一方、立木価格が高い樹種・地域では指定への抵抗感が残るケースもあります。
保安林1,222万haが示す政策的含意
保安林1,222万haの構造は、日本の森林政策が「経営対象としての森林」と「公益機能としての森林」の二重性を持つことを端的に示しています。森林の49%が保安林指定下にあり、そのほとんどが水源涵養(76%)と土砂流出防備(21%)の2機能で説明される構造は、日本の森林政策が水と土砂災害対策を最重要視してきた歴史的経緯の現れです。気候変動に伴う豪雨頻発化、人口減少地域での森林管理空洞化、ESG・TNFD等の自然関連財務開示の進展により、保安林の機能発揮を「面積指定」から「機能維持の実装」へと深化させることが、向こう10〜20年の制度運用課題となります。
森林経営管理制度・森林環境譲与税・J-クレジット制度等の政策ツールは、保安林の機能維持を間接的に支える設計です。たとえば森林環境譲与税の使途として民有保安林の間伐・複層林化が想定され、J-クレジットのFO方法論(森林管理プロジェクト)では保安林指定区域の追加吸収量がクレジット化対象となります。1,222万haの保安林は、単なる規制区域ではなく、複合的な政策ツールが収斂する「政策プラットフォーム」としての性格を強めています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 保安林は所有権を制限する制度ですか?
所有権そのものは維持されますが、伐採・土地形質変更・利用形態の変更等に届出または許可が必要となります。所有権に対する公益上の制限を課す制度であり、その代償として固定資産税非課税・相続税評価減・造林補助加算等の経済的優遇が設定されています。一般に「所有権の合理的な行使制限を伴う公益指定」と説明されます。
Q2. 保安林を解除することはできますか?
森林法第26条に基づき、公益上の事業(道路・ダム・送電線等)または地域経済上必要な事業の場合、所有者の申請または都道府県知事の職権により解除可能です。解除に当たっては代替保安林の指定が原則として求められ、解除手続は森林審議会の議を経るなど厳格に運用されます。年間数百ha規模の解除が発生しています。
Q3. 水源涵養保安林は1ha当たりどのくらい水を貯めますか?
森林の保水機能は、林相・土壌・降水量により大きく異なりますが、概算で1ha当たり年間2,500〜3,500トン規模の貯水容量を持つとされます。これは水源涵養機能評価における代表値で、年間降水量1,500mm程度・土壌深1m程度の条件下での試算です。地下水涵養機能を加えると、流域単位の年間水資源賦存量への寄与はさらに大きくなります。
Q4. 国有林の90%が保安林とはどういう意味ですか?
国有林758万haのうち約680万ha(約90%)が何らかの保安林指定を受けているという意味です。国有林は明治以降、御料林・営林局所管林として急傾斜地・水源域・原生的森林を中心に管理されてきた歴史的経緯から、結果として保安林指定率が高くなっています。これは「経営林として残しても採算が取れない区域が国有林として残った」という側面と、「公益機能の高い区域を国が直接管理する」という政策方針の双方を反映しています。
Q5. 海岸防災林も保安林ですか?
海岸防災林は、機能に応じて飛砂防備保安林・潮害防備保安林・防風保安林等として保安林指定されている場合がほとんどです。東日本大震災後の海岸防災林再生事業(東北6県、被災延長約140km)も、再生区域は順次これらの保安林として再指定されています。海岸線約3.5万kmのうち約1万kmで何らかの海岸防災林が整備されており、塩害・津波・高潮・砂飛散等の複合的災害に対応します。
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まとめ
保安林1,222万haは森林全体の49%・国土の32%を占める巨大な公益機能区域で、水源涵養保安林928万ha(76%)と土砂流出防備保安林260万ha(21%)の2区分で実質構造を形成します。国有林の90%が保安林、民有林の31%が保安林という所有別差異と、北海道・東北・中部の3地域に60%が集中する地域偏在が特徴的です。気候変動・人口減少・ESG/TNFD等の動向を踏まえ、保安林を「面積指定」から「機能維持の実装プラットフォーム」へと深化させることが、今後の森林政策の中核課題です。

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