治山事業|山地災害防止の事業費構造

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治山事業は山地災害防止と森林の公益的機能維持を目的とする公共事業で、林野庁所管の森林整備保全事業費1,950億円のうち約900億円を占める最大費目です。全国の山地災害危険地区は約23万箇所、年間2,500件規模で発生する山地災害(土石流・がけ崩れ・地すべり等)への対応に加え、近年は気候変動による豪雨頻発で災害復旧治山の補正予算追加が常態化しています。本稿では治山事業の事業区分(山腹工・渓間工・地すべり防止・保安林整備)、事業実施体系、補助率と費用負担、事業費の推移と災害連動の構造を、林野庁・農林水産省・国土交通省の資料をもとに解剖します。

この記事の要点

  • 治山事業費は2024年度約900億円で森林整備保全事業の46%を占める最大費目。山地災害防止660億・保安林整備120億・地すべり防止120億の3区分で運営される。
  • 全国の山地災害危険地区は約23万箇所、整備済みは概ね60%水準で、未整備約9万箇所への対応が長期課題。年間2,500件の山地災害発生に対し、人命被害発生地区への重点投資が継続。
  • 事業実施は国直轄(補助率10/10、約100億円)・都道府県事業(補助率3/4〜2/3、約700億円)・市町村事業(補助率1/2〜2/3、約100億円)の3階層。災害発生時は災害復旧治山として補正予算500〜1,000億円規模の追加配分が常態化。
目次

クイックサマリー:治山事業の基本数値

項目 数値 出典・備考
治山事業費(2024年度) 約900億円 林野庁所管
山地災害危険地区 約23万箇所 林野庁2023
整備率 約60% 未整備9万箇所
山地災害発生件数 年約2,500件 林野庁集計
直轄事業費 約100億円 補助率10/10
都道府県補助事業 約700億円 補助率3/4〜2/3
市町村補助事業 約100億円 補助率1/2〜2/3
災害復旧治山補正 年500〜1,000億円 大規模災害時
保安林面積 1,222万ha 森林面積の49%
山腹工累積整備 約9万箇所 過去30年累計

治山事業の根拠と目的

治山事業は森林法に基づく国の事業で、保安林の指定・解除と一体運用されます。事業の目的は、第1に山地災害(土石流・がけ崩れ・地すべり等)の発生防止、第2に森林の公益的機能(水源涵養・土砂流出防備・生物多様性保全等)の維持回復、第3に災害発生地の復旧と二次災害防止です。河川流域の上流部に位置する山地は、治山事業の対象として国土交通省所管の砂防事業(治水事業の一環)と地理的に重複しますが、治山事業は森林機能の維持・林相回復を含む点で、構造物中心の砂防とは目的・手法が異なります。

制度史的には、治山事業は明治期の砂防法(1897年)と森林法(1907年)を二大母体として発展してきた経緯があり、戦後は治山治水緊急措置法(1960年)の下で計画的・財政的に体系化されました。1964年の治山治水緊急措置法に基づく第1次治山事業5箇年計画(1965〜1969年)以降、概ね5年単位の中期計画として事業量が計画化されてきましたが、2003年度以降は「森林・林業基本計画」と「森林整備保全事業計画」の二層構造で長期目標が示されています。事業の実施体系・補助率・予算枠組みは、これらの法令・計画に基づいて毎年度決定されます。

治山事業の特徴は、構造物による物理的防災と、森林植生による生物的防災を一体的に組み合わせる点にあります。たとえば崩壊跡地の復旧では、コンクリート土留工を設置すると同時に、その背後に表土を造成して苗木を植え付け、5〜10年かけて根系を発達させて長期的な斜面安定を図ります。この「ハード(構造物)+ソフト(森林植生)」のハイブリッド設計は、林野庁所管事業の最大の特色であり、国土交通省所管の砂防事業(鋼製・コンクリート構造物中心)との設計思想的な違いを生んでいます。

治山事業900億円の事業区分 山地災害防止660億・保安林整備120億・地すべり防止120億の構成を示す 治山事業900億円の事業区分(2024年度) 山地災害防止 660億 73% 保安林120 地すべり120 山地災害防止660億の内訳: 山腹工 約350億(崩壊地復旧) 渓間工 約200億(渓流侵食防止) 事前防災 約110億 山腹工:山腹崩壊地の復旧、緑化、土留 渓間工:治山ダム、流路工、渓流復旧 出典:林野庁「治山事業の概要」、概念的構成
図1:治山事業900億円の事業区分(出典:林野庁「治山事業の概要」)

事業区分の中核である山地災害防止事業660億円は、山腹工(山腹崩壊地の物理的復旧)、渓間工(渓流の治山ダム・流路工等)、事前防災(災害発生予測地区の予防的整備)の3区分に分かれます。山腹工は1箇所あたり数千万円〜数億円規模の比較的大型工事が中心で、コンクリート構造物・鋼製枠・土留・緑化を組み合わせた復旧が標準です。渓間工は治山ダム・流路工等で、流域単位の包括的整備として実施されることが多くなっています。

主要工種の単価感とライフサイクル

山腹工の代表工種である土留工(コンクリート擁壁)の単価は、現場条件で大きく変動するものの概ね1m³あたり5〜10万円規模、緑化工は1ha換算で1,000〜2,000万円規模が目安となります。渓間工の中核である治山ダム(コンクリート堰堤)は、堤高5〜15mクラスで1基あたり1〜5億円が一般的な事業費水準です。これら構造物のライフサイクルは50〜100年が想定されており、定期的な点検・部分補修・嵩上げ等の維持管理コストが将来的に積み上がる構造になっています。林野庁は施設台帳の整備とデジタル管理を進め、長寿命化計画と連動した予算配分を志向しています。

地すべり防止区域と砂防三法の関係

地すべり防止区域は地すべり等防止法(1958年)に基づく指定で、林野庁所管の地すべり防止区域(民有林・国有林内)と国土交通省所管の地すべり防止区域(市街地・農地)に分かれます。林野庁所管の地すべり防止区域は約4,000箇所・約20万haで、地すべり防止事業として年間120億円規模の事業費が投入されています。地下水排除工(集水井・横ボーリング)、抑止工(杭・アンカー)、抑制工(排土・押え盛土)の組合せ施工が中心で、計測管理(伸縮計・地下水位計)と一体運用される点が特徴です。砂防法・地すべり等防止法・急傾斜地崩壊防止法の砂防三法との所管調整は、地域の連絡協議会で個別対象地ごとに整理されています。

山地災害危険地区の整備実態

林野庁が所管する山地災害危険地区は全国で約23万箇所に達し、これは山腹崩壊危険地区(約9万箇所)、地すべり危険地区(約4,000箇所)、崩壊土砂流出危険地区(約13万箇所)の合計です。整備済み箇所は約13.8万箇所で整備率は60%水準。残り約9万箇所が未整備の状態にあり、年間2,000箇所規模のペースで整備が進められても、完全整備には40年以上を要する計算になります。

山地災害危険地区の整備状況 23万箇所の危険地区について整備済み・未整備の比率を区分別に示す 山地災害危険地区23万箇所の整備状況 山腹崩壊危険地区 整備済 5.4万 未整備 3.6万 地すべり危険地区 2,400 1,600 崩壊土砂流出地区 整備済 約8万 未整備 約5万 合計 整備済 約13.8万箇所 60% 未整備 9.2万 40% 年間整備ペース:約2,000箇所/年 完全整備までの所要年数:約40年(人命被害発生地区を優先) 気候変動による降雨パターン変化で危険地区数自体が増加傾向 出典:林野庁「山地災害危険地区の状況」、概念的構成
図2:山地災害危険地区23万箇所の整備状況(出典:林野庁「山地災害危険地区の状況」)

気候変動と危険地区の動的増加

近年の気候変動により、これまで災害発生頻度の低かった地域でも豪雨災害が発生する事例が増えており、山地災害危険地区の指定数自体が動的に増加しています。例えば2018年西日本豪雨で甚大被害を受けた広島県・愛媛県では、被災後に新規指定された危険地区が数百箇所規模に達しました。整備ペース2,000箇所/年は新規指定の増加と概ね均衡しているため、整備率60%が劇的に上昇していかない構造的要因となっています。

都道府県別の偏在と地域要因

23万箇所の危険地区は全国に均等分布しているわけではなく、地形・地質・降雨条件により大きな偏在が見られます。一般的に、地すべり地形が広がる新潟・長野・徳島・高知等の中央構造線沿いの県、花崗岩風化(マサ土)の広域分布で表層崩壊が頻発する広島・島根等の中国地方、火山灰土層の崩壊リスクが高い鹿児島・宮崎等の南九州、急峻な地形を多く抱える四国・紀伊半島等で危険地区指定が密になります。これに対し、地質的に安定した北海道東部や、平坦な関東平野等は危険地区数が相対的に少ない傾向があります。事業費配分は、こうした地理的偏在を踏まえて重点配分される構造となっています。

人命被害ハザードマップとの連動

整備優先順位の判定では、人家・公共施設・要配慮者利用施設(病院・学校・福祉施設等)への影響度が大きな比重を占めます。林野庁の整備優先度算定では、被害想定範囲内の人家戸数・要配慮者利用施設の有無・公共インフラ(道路・鉄道・上水道)への影響等を点数化し、点数の高い地区から順次着手される運用です。土砂災害防止法(2000年)に基づく土砂災害警戒区域・特別警戒区域の指定とも連動し、ハザードマップ上で警戒区域に指定された地区は治山事業の優先対象になりやすい構造です。市町村の地域防災計画・避難計画との接続も、整備順位決定の重要要素となっています。

事業実施体系と補助率

治山事業は事業の規模・重要度・河川区分に応じて、国直轄事業・都道府県補助事業・市町村補助事業の3階層で実施されます。国直轄事業は重要水系の上流部・大規模災害復旧・国有林内事業を対象とし、林野庁森林管理局(北海道・東北・関東・中部・近畿中国・四国・九州の7局)が実施。補助率は10/10(全額国費)で、年間約100億円規模です。

事業区分 実施主体 補助率 事業費規模 対象
直轄治山 林野庁森林管理局 10/10 100億円 重要水系・大規模
補助治山(県) 都道府県 3/4〜2/3 700億円 中規模災害地
補助治山(市町村) 市町村 1/2〜2/3 100億円 小規模災害地
災害復旧治山 国・都道府県 2/3〜10/10 補正予算 激甚災害指定地
予防治山 都道府県・市町村 1/2〜2/3 通常事業内 事前防災

都道府県補助治山は治山事業費の最大シェア(約700億円、78%)を占めるため、各都道府県の治山事業実施能力(技術職員数・設計能力・施工管理能力)が事業推進の鍵となります。林野庁は都道府県の治山技術職員研修・設計手法標準化を継続して支援しており、地方の事業実施力を確保する仕組みが整備されています。

地方負担分と起債・交付税措置

都道府県補助事業3/4補助の場合、残り1/4は都道府県負担となりますが、この地方負担分の多くは地方債(公共事業等債)で賄われ、その元利償還金の一定割合が普通交付税で措置される仕組みが用意されています。災害復旧治山では、激甚災害指定地区の地方負担分について元利償還金の80〜95%が交付税措置される事例もあり、被災都道府県の財政負担を緩和する制度設計になっています。一方、平常時の予防治山については交付税措置率がやや低めに設定されており、平時の予防投資をどう確保するかが地方財政上の論点となっています。

都道府県の人員・技術力という制約

治山事業の実施実態は、各都道府県の林務部門に配置された治山技術職員の人数と経験に強く依存します。地方の人口減少と公務員定数削減の流れの中で、治山技術職員の数は長期的に減少傾向にあり、ベテラン職員の退職に伴う設計・積算ノウハウの継承が現場の課題となっています。林野庁は標準設計図集の整備、技術研修の集中実施、コンサルタント活用ガイドラインの整備等で対応していますが、現場の慢性的な技術人材不足は補助金消化のボトルネックにもなっており、事業費の繰越・不用額発生の一因とも指摘されています。

災害復旧治山と補正予算の構造

大規模災害発生時には、当初予算の通常治山事業とは別建てで「災害復旧治山事業」として補正予算が組まれます。これは激甚災害指定(災害対策基本法)が行われた地域を対象とし、補助率は通常事業より優遇されます(公共土木施設災害復旧事業の補助率10/10適用も可能)。近年の事例では、2018年西日本豪雨で約1,200億円、2019年東日本台風で約800億円、2020年九州豪雨で約600億円の災害復旧治山予算が補正計上されました。

治山事業費の年度推移(当初+補正) 2015〜2024年度の通常治山予算と災害復旧補正予算の推移を示す 治山事業費の推移:当初+補正(億円) 2,000 1,500 1,000 500 2015 2016 2017 2018 +1,200 2019 +800 2020 2021 2022 2023 当初予算 災害復旧補正 出典:林野庁予算資料
図3:治山事業費の年度推移(出典:林野庁予算資料、概念的構成)

図に示すように、当初予算は900〜950億円規模で安定的に推移する一方、災害復旧補正予算は災害発生年に集中して計上されます。2018年は西日本豪雨により+1,200億円の補正、2019年は台風被害で+800億円が追加され、これらの年は当初+補正で2,000億円超の治山事業費が動いた計算になります。気候変動の進行により、今後この補正予算依存型の事業構造はさらに頻発化する可能性があります。

激甚災害指定と補助率かさ上げの仕組み

激甚災害指定(激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律、激甚法)は、災害規模・被害額が一定基準を超える場合に閣議決定で指定される制度で、指定されると公共土木施設災害復旧事業等の補助率が通常2/3から最大10/10へかさ上げされます。治山事業についても準じた取扱いがなされ、被災都道府県・市町村の財政負担が大幅に軽減されます。「本激」(全国適用)と「局激」(指定地域適用)の二段階運用があり、いずれが適用されるかで補助対象範囲・補助率が変わるため、各自治体は被害額算定と早期申請に注力します。早期指定が補正予算化のスピードを左右する点は、現場運用上の最大の論点となっています。

国土強靱化計画と中期防災事業

2018〜2020年の防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策、続く2021〜2025年の防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策では、治山事業も重点項目の一つとして位置づけられ、通常予算枠を超える追加事業費が措置されてきました。5か年加速化対策では、治山関連で年間数百億円規模の追加投資が想定されており、土砂災害ハザードマップ整備、流木災害対策、火山地域の特殊治山等にメリハリのある重点配分が行われています。中期計画的なフレーム下での事業執行は、現場の発注計画・人員配置の安定にも寄与しています。

保安林整備と治山事業の連動

治山事業の対象は森林法に基づく保安林指定地が多くを占めます。全国の保安林面積は約1,222万ha(森林面積の49%)で、水源涵養保安林(920万ha)、土砂流出防備保安林(260万ha)、土砂崩壊防備保安林(6万ha)等の機能別指定が行われています。治山事業はこれら保安林の機能維持を物理的に支える事業として位置づけられ、保安林指定→治山事業実施→災害発生時復旧の一連の流れが法制度として組み込まれています。

保安林の伐採制限と財政措置

保安林指定地では立木伐採が許可制となり、皆伐面積上限・伐採後の植栽義務・択伐率等が機能別に細かく規定されます。私有地でも伐採制限がかかるため、所有者の財産権制約を補償する観点から、固定資産税の非課税措置・相続税評価の減免・損失補償金等の財政措置が組み合わされています。これらの軽減措置総額は年間数百億円規模に達するとされ、治山事業の直接事業費とは別枠で、保安林制度全体を支える間接的な公的支出となっています。保安林機能維持と治山事業は、この財政措置を含めて一体的な政策パッケージを構成しているわけです。

緑の国土保全事業との接続

治山事業に加え、林野庁は「緑の国土保全事業」として民有林の人工林・天然林の機能維持を補完する事業を展開しています。これは山地災害発生地の植林・地拵え・保育等を治山事業の物理的構造物整備とセットで実施し、林相回復による長期的な災害防止機能の回復を図る事業です。事業費規模は治山事業費の数%程度ですが、構造物だけでは実現できない自然環境の回復機能を担う重要な補完事業として運営されています。

治山事業の費用便益分析

治山事業の費用便益分析は、防災効果(人命被害・物的被害の回避便益)、土砂流出防止便益、水源涵養便益、生物多様性・景観便益等を合算して算定します。林野庁の事業評価では、典型的な治山事業の便益便益比(B/C比)は2〜5程度が多く、便益が費用を上回る公共投資として位置づけられています。特に人命被害発生地区の事前整備案件はB/C比が10を超える例もあり、限られた予算を最大効果地区に重点投資する事業評価が定着しています。

事前評価・再評価・事後評価の3段階

個別の治山事業箇所は、計画段階の事前評価、5年以上継続した時点での再評価、完了後の事後評価という3段階で点検される運用です。事前評価では事業の必要性・B/C比・代替案検討等が文書化され、再評価では工期延長や事業費増の妥当性が点検されます。事後評価では、想定された災害防止効果の実現状況、災害発生時の減災効果、植生回復の進捗等が事後検証され、結果は次期計画にフィードバックされます。この多段階評価は、財務省・会計検査院の事業効率性チェックにも対応する仕組みであり、長期事業の透明性と説明責任を確保する基盤となっています。

無形便益の評価とCVMの限界

治山事業の便益のうち、土砂流出防止・水源涵養・生物多様性等の無形便益は、仮想評価法(CVM)や代替法等を組み合わせた推計が行われますが、定量化に幅と不確実性が残るのは事実です。特に下流域の水質保全便益、観光・文化的便益、間接的な防災安心感等は数値化が難しく、B/C比の絶対値だけで事業の優先順位を機械的に決めるべきではないとの指摘もあります。林野庁の事業評価マニュアルでは、定量便益と並んで定性的な事業効果の記述が求められ、地域住民・自治体の意見聴取結果も評価に反映される多元的なフレームが整備されています。

諸外国との比較と日本の特徴

欧米諸国と比較すると、日本の治山事業は山地面積比率の高さ・降水量の多さ・地震多発地帯という地理条件を反映して、世界的に見てもきわめて手厚い投資水準にあります。スイスの山地災害防止予算が年間数百億円規模、アルプスを共有する周辺国(オーストリア・フランス・イタリア)でも数百億円水準であるのに対し、国土面積で大差ない日本が当初900億円+補正500〜1,000億円という規模を投じている点は、日本特有の災害リスクの高さの裏返しと言えます。一方、北米・北欧諸国では森林管理を通じた予防的アプローチに重点を置き、構造物中心の治山投資は日本ほど大きくない傾向があります。

木製構造物・近自然工法という選択肢

欧州アルプス地域では、木製治山ダム・近自然工法(在来植生・在来資材を活用した低衝撃工法)が盛んで、景観・生態系への配慮を重視する傾向が見られます。日本でも林野庁・地方自治体が木製ダム・現地発生材を活用した自然調和型の治山施設を試行しており、コンクリート中心の伝統的工法と並行して、生態系配慮型の工法選択肢が広がりつつあります。森林資源の国産材利用拡大という政策方向とも整合し、長期的には地域材活用と治山事業の連携が進む可能性があります。

今後の論点:気候変動・人口減少・財政制約

治山事業は今後、気候変動による豪雨災害の頻発化、地方の人口減少と技術職員の減少、国・地方の財政制約という三つの構造的課題に向き合う必要があります。気候変動への対応として、IPCC評価報告書に整合した将来降雨量予測を踏まえた施設設計の見直し(堰堤高さ・流路工断面の余裕量設定等)、流木災害への対応(流木止め・透過型治山ダムの導入)等が検討されています。人口減少への対応では、ICT・ドローン・衛星画像を活用した遠隔監視・自動測定の導入が、現場点検の人員不足を補う方向で進められています。

DX・新技術活用の方向性

治山事業のDXは、設計のBIM/CIM化、ドローンによる被災地の3次元計測、衛星SARによる広域変位監視、AIを活用した被害予測等、多面的に進展しています。これらは事業計画段階の精度向上、施工監理の省人化、長期管理の効率化等に寄与し、限られた人員で広域の治山インフラを管理するための基盤技術として位置づけられています。林野庁の事業マニュアル・標準設計図集も逐次デジタル更新され、地方への技術移転を支える土台になっています。

住民・所有者・自治体の合意形成

治山事業の現場では、用地交渉・伐採同意・景観配慮等で地元住民や所有者との合意形成が大きな実務負荷となります。とりわけ私有林・集落近接地の整備では、施設の規模・配置・色彩・植栽計画について地域意見を反映する設計プロセスが重要で、市町村・地元区・林業組合等を交えた協議会方式の運用が広がっています。住民理解の醸成は、緊急時の早期着工・早期復旧にも直結する基盤的なソフトインフラといえます。

よくある質問(FAQ)

Q1. 治山事業と砂防事業の違いは?

治山事業は林野庁所管で森林機能維持と山地災害防止が目的、砂防事業は国土交通省所管で河川流域の土砂対策(治水事業の一環)が目的です。両者は河川上流部で対象地が重複するため、地域連絡協議会で事業区域・施設規格を調整しながら実施されます。林相回復を含む森林機能視点が治山事業の特徴です。

Q2. 山腹工と渓間工の違いは?

山腹工は山腹の崩壊地を物理的に復旧する事業で、コンクリート構造物・土留・緑化を組み合わせた斜面安定化工が中心。渓間工は渓流の侵食防止のために治山ダム・流路工等を整備する事業で、流域単位の包括的整備として実施されます。両者は同一流域で組合せ施工される事例が多いです。

Q3. 補助率はどう決まりますか?

事業区分・実施主体・災害指定の有無により段階化されています。直轄事業10/10、都道府県補助事業3/4〜2/3、市町村補助事業1/2〜2/3、災害復旧治山は激甚災害指定で2/3〜10/10。重要水系・大規模災害ほど補助率が高くなる設計です。

Q4. 災害発生から復旧開始まではどのくらいかかりますか?

応急対応(緊急治山)は災害発生後数週間で着手される一方、本格的な災害復旧治山は調査・設計・予算計上を経て概ね6ヶ月〜1年で着工となります。激甚災害指定が早期に行われた地区は補正予算化が加速し、3〜6ヶ月で着工する事例もあります。

Q5. 整備率60%はいつ100%になりますか?

現在の整備ペース2,000箇所/年で計算すると未整備9万箇所の完全整備には40年以上を要します。ただし気候変動による新規危険地区指定が増加しているため、整備率は60%水準で長期にわたって停滞する見込みです。人命被害発生地区への重点投資は継続される方針です。

Q6. 治山ダムは河川のダムと何が違うのですか?

治山ダムは、貯水・発電を目的とする大型ダムとは異なり、渓流の縦侵食・横侵食を防ぐために設置される比較的小型のコンクリート堰堤(堤高5〜15m級が中心)です。流域からの土砂・流木を一時的に捕捉し、下流域への急激な流出を抑制する役割を担います。生活用水・農業用水の取水機能はなく、純粋に防災インフラとして運用されます。

Q7. 民有林にも治山事業は入りますか?

はい、保安林指定された民有林は治山事業の主要な対象です。事業実施には所有者の同意が必要ですが、保安林指定地では伐採制限・財政措置(固定資産税減免等)と一体運用されるため、所有者にとっては災害リスク低減と財政負担軽減を得られる構図になっています。所有者負担金は通常発生しないか、限定的な範囲にとどまります。

Q8. 流木災害対策は治山事業に含まれますか?

含まれます。近年の豪雨災害では流木の被害寄与度が大きいことが認識され、流木止め・透過型治山ダム・流木捕捉ネット等の流木対策施設が標準的な工種として位置づけられるようになりました。国土強靱化の重点項目にも組み込まれ、河川管理者である国交省と連携した流域単位の流木対策が進んでいます。

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まとめ

治山事業費は2024年度約900億円で、山地災害防止660億・保安林整備120億・地すべり防止120億の3区分で運営されます。山地災害危険地区23万箇所のうち整備済みは60%水準で、残り9万箇所の整備に向けて年間2,000箇所ペースの工事が継続中。直轄事業10/10、都道府県補助3/4〜2/3、市町村補助1/2〜2/3の3階層補助率で、災害発生時は500〜1,000億円規模の補正予算が積み増しされる構造で、気候変動下の山地災害対応の中核を担います。気候変動・人口減少・財政制約という三つの構造課題に向き合いつつ、評価制度・DX・住民合意の三本柱で事業の質を保ち続けることが、これからの治山行政の中心テーマとなります。

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