保護林・緑の回廊|国有林の生物多様性保全エリア構造

保護林・緑の回廊 | 樹を木に - Forest Eight

国有林758万haには、生物多様性保全を目的とする「保護林」97万haと、保護林を相互に連結する「緑の回廊」58万haが配置されており、その合計は約155万ha、国有林の約20%にあたります。これは生態系の中核を保全するコア区域と、種の移動・遺伝的多様性を確保するコリドー区域を組み合わせた「ネットワーク型保全構造」で、世界の生物多様性枠組み(昆明・モントリオール枠組みのいわゆる30by30)にも整合する形で運用されています。本稿では保護林・緑の回廊の構造を、面積・指定区分・歴史的経緯・運用実態から数値ベースで整理します。

この記事の要点

  • 国有林の保護林は7区分で合計約97万ha、国有林758万haの12.8%。森林生態系保護地域が約75万haで保護林の8割を占める。
  • 緑の回廊は2000年から指定が開始された制度で、24箇所・約58万haが指定済み。保護林の連結により遺伝的多様性と動物移動経路を確保する。
  • 保護林+緑の回廊で約155万ha。これに自然公園・原生自然環境保全地域等の他制度の指定区域を重ねた日本のOECM相当区域は概ね国土の20%水準で、30by30目標達成に向けた重要な構成要素となる。
目次

クイックサマリー:保護林・緑の回廊の主要数値

指標 数値 出典・備考
国有林の保護林面積 約97万ha 林野庁2023
保護林設定箇所数 概ね670箇所 7区分合計
森林生態系保護地域 約75万ha 保護林の8割
森林生物遺伝資源保存林 約9万ha 遺伝資源保存
林木遺伝資源保存林 約7千ha 優良母樹
緑の回廊 指定面積 約58万ha 林野庁2023
緑の回廊 設定箇所数 24箇所 2000年〜順次設定
国有林に占める保全比率 約20% 保護林+緑の回廊
日本の自然公園面積 約564万ha 国立・国定・県立
30by30目標 国土の30% 2030年保全目標

保護林制度の全体構造

国有林の保護林制度は、1915年(大正4年)の「保護林設定ニ関スル件」(農商務省訓令)に起源を持つ古い制度ですが、現行の枠組みは1989年と2015年の2回の改正を経て7区分体系に整理されました。現在の保護林は、(1)森林生態系保護地域、(2)森林生物遺伝資源保存林、(3)林木遺伝資源保存林、(4)植物群落保護林、(5)特定動物生息地保護林、(6)特定地理等保護林、(7)郷土の森、の7区分で構成されています。指定面積は合計約97万haで、設定箇所数は7区分合わせて概ね670箇所に上ります。

保護林7区分の面積構成 森林生態系保護地域・森林生物遺伝資源保存林・植物群落保護林等の面積構成を棒グラフで示す 保護林7区分の面積構成(万ha) 森林生態系保護地域 75 森林生物遺伝資源保存林 9.0 植物群落保護林 9.5 特定動物生息地保護林 2.5 特定地理等保護林 0.5 林木遺伝資源保存林 0.7 郷土の森 0.2 合計約97万ha。森林生態系保護地域が77%を占める寡占的構造。 国有林758万haの12.8%が保護林として指定。 7区分のうち4区分(生態系・遺伝資源・群落・動物生息地)で保護林の97%。
図1:保護林7区分の面積構成(出典:林野庁「保護林・緑の回廊について」2023年、概算)

面積最大は森林生態系保護地域で約75万ha、保護林全体の8割弱を占めます。これは原生的な森林生態系を景観レベル(数万ha単位)で保全する区分で、知床、白神山地、大雪、日高、十和田八幡平、奥羽、飯豊朝日、谷川、大井川源流、大杉谷大台ヶ原、白山、剱・立山、白山・両白、大山、剣山、白髪・三嶺、九州中央山地、屋久島、奄美等、全国31箇所が設定されています。これらの多くは世界自然遺産(屋久島、白神山地、知床、奄美・徳之島・沖縄北部)または国立公園特別保護地区と重なり、最高度の保全レベルが適用されます。

森林生態系保護地域:原生的森林の保全コア

森林生態系保護地域は、原生的な森林生態系を景観レベルで保全する保護林の最高位区分です。指定にあたっては、原生的な天然林が広範囲に存続していること、複数の自然条件(標高・地形・土壌)にわたる森林帯を含むこと、希少種・固有種の生息地として価値が高いこと、等の要件が満たされる必要があります。指定区域は中核となる「保存地区」と外縁の「保全利用地区」の2層構造を持ち、保存地区では原則として人為干渉を排除し、保全利用地区では学術調査・自然観察等の限定的利用が許容されます。

主な森林生態系保護地域 面積 主要な生態系 関連指定
知床森林生態系保護地域 約3.4万ha 亜寒帯針広混交林・海岸林 世界自然遺産・国立公園
白神山地森林生態系保護地域 約1.7万ha ブナ天然林 世界自然遺産
大雪森林生態系保護地域 約7.4万ha 亜寒帯針葉樹林・高山帯 国立公園
日高森林生態系保護地域 約3.4万ha エゾマツ・トドマツ針葉樹林 国定公園
大井川源流部森林生態系保護地域 約1.7万ha 温帯針広混交林・高山帯 国立公園
屋久島森林生態系保護地域 約1.6万ha 屋久杉天然林・常緑広葉樹林 世界自然遺産・国立公園
奄美森林生態系保護地域 約1.7万ha 亜熱帯常緑広葉樹林 世界自然遺産・国立公園
飯豊朝日森林生態系保護地域 約7.6万ha ブナ・ミズナラ冷温帯林 磐梯朝日国立公園

保存地区と保全利用地区の運用

森林生態系保護地域の二層構造は、生態系保全と限定的利用を両立させる設計です。保存地区は概ね30〜70%の面積を占め、立木伐採・道路建設・施設整備等の人為干渉を原則禁止します。森林病害虫被害の蔓延を防ぐ最低限の措置(被害木の処理)は例外として実施可能ですが、それ以外は自然遷移に委ねられます。保全利用地区では、学術研究・自然観察・登山道の維持管理が認められ、観光・教育的利用への門戸が開かれています。地域の観光産業・教育プログラムとの接点はこの保全利用地区が担い、各森林管理署が利用調整を担っています。

森林生物遺伝資源保存林・林木遺伝資源保存林

森林生物遺伝資源保存林(約9万ha)は、林木以外の植物・動物・菌類等の遺伝資源(in-situ保全)を含む生態系を対象とする区分です。林木遺伝資源保存林(約7千ha)は、スギ・ヒノキ・カラマツ・ブナ等の優良母樹・地域系統を保存するための区分で、エリートツリー育種やスマート林業時代の遺伝資源活用の基盤として機能しています。両者は保全対象が異なるため別区分ですが、目的の点で「遺伝資源保全」という共通軸を持ちます。

遺伝資源保存林の機能イメージ in-situ保全とex-situ保全の関係を示す概念図 遺伝資源保存林の二重構造 林内保存(in-situ) 保護林・緑の回廊 森林生物遺伝資源保存林 9万ha 林木遺伝資源保存林 0.7万ha 生育環境のまま保存 遺伝的多様性の長期維持 林外保存(ex-situ) 育種場・遺伝子バンク 林木育種センター・採種園 エリートツリー・特定母樹 育種・分譲・系統維持 無花粉スギ等の実用化 連携
図2:遺伝資源保存林(in-situ)と林木育種センター(ex-situ)の連携構造(出典:林野庁・林木育種センター資料をもとに作成)

in-situ保全とex-situ保全は補完関係にあります。林内保存(in-situ)は遺伝的多様性が自然状態で維持される強みを持つ一方、災害・病害虫等のリスクに対し脆弱です。林外保存(ex-situ)は林木育種センターでの系統管理・凍結保存等により遺伝資源の安定的保管が可能ですが、選抜過程で遺伝的多様性が縮小する弱みがあります。両者を組み合わせることで、エリートツリー育種・無花粉スギ実用化・気候変動適応に必要な広範な遺伝資源プールが確保されます。

緑の回廊:保護林ネットワークの形成

緑の回廊は、複数の保護林を連結する細長い森林帯(コリドー)として、2000年から林野庁が指定を開始した制度です。指定の目的は、(1)動物の移動経路の確保、(2)植物の種子分散経路の確保、(3)遺伝的多様性の維持、(4)分断された生態系の連続性回復、の4点です。2023年時点で全国24箇所、約58万haが設定されています。最大規模は北海道の「日高山脈緑の回廊」で約12万ha、関東以西の主要回廊として「奥羽山脈緑の回廊」「奥秩父甲信越緑の回廊」「奥山陰緑の回廊」「奥九州緑の回廊」等が設定されています。

保護林と緑の回廊のネットワーク構造 コアエリアの保護林を緑の回廊で連結するネットワーク型保全構造の概念図 保護林(コア)と緑の回廊(コリドー)のネットワーク コアA 保護林 コアB 保護林 コアC 保護林 コアD 保護林 コアE 保護林 緑の回廊 コア(保護林)= 種の生息地として確実に維持されるべき中核区域。 コリドー(緑の回廊)= 種の移動経路、遺伝交流の確保。森林管理は緩やかに継続。
図3:保護林と緑の回廊のネットワーク構造(概念図、出典:林野庁「緑の回廊」設定方針)

緑の回廊では、保護林と異なり立木伐採が一律に禁止されるのではなく、生態系・景観に配慮した「環境配慮型施業」が継続されます。具体的には、(1)皆伐の禁止または規模制限、(2)複層林化・広葉樹林化の促進、(3)主要構成樹種の保全、(4)路網開設の制限、(5)モニタリング調査の実施、等の運用が組み込まれます。これは「保全と利用の両立」を制度として実装した日本独自のアプローチで、コア区域の厳格保全と回廊区域の柔軟運用を組み合わせることで、面積効率の高い生態系ネットワークが形成されます。

📄 出典・参考

主要な緑の回廊24箇所の地理

緑の回廊は、列島の主要山脈・分水嶺を縦断する形で配置されています。北海道では日高山脈・大雪・知床等の主要山系を結ぶ回廊が設定され、本州では奥羽山脈・飯豊朝日・越後三山・奥秩父・甲信越・木曽・大井川源流・大杉谷大台ヶ原・白山・剣山・四国カルスト等の山系を結ぶ回廊が、九州では奥九州(祖母傾山系)・霧島・屋久島周辺の回廊が設定されています。それぞれの回廊は、その地域の代表的な生態系(亜寒帯針葉樹林・冷温帯落葉広葉樹林・暖温帯常緑広葉樹林・亜熱帯常緑広葉樹林)の連続性を担保する役割を果たします。

主な緑の回廊 面積概算 対象地域 主な対象種
日高山脈緑の回廊 約12万ha 北海道日高山脈 ヒグマ・ナキウサギ・クマゲラ
天塩山地緑の回廊 約4万ha 北海道北部 ヒグマ・エゾシカ
奥羽山脈緑の回廊 約8万ha 青森〜福島県境 ツキノワグマ・カモシカ・イヌワシ
飯豊朝日連峰緑の回廊 約3万ha 山形・新潟・福島 ツキノワグマ・イヌワシ
奥秩父甲信越緑の回廊 約3.5万ha 埼玉・東京・山梨・長野 ツキノワグマ・カモシカ
大井川源流部緑の回廊 約2.6万ha 静岡・長野 カモシカ・ライチョウ
大杉谷大台ヶ原緑の回廊 約1.5万ha 三重・奈良 ツキノワグマ・ニホンジカ
奥九州緑の回廊 約2.5万ha 熊本・大分・宮崎 ツキノワグマ(絶滅危惧)・カモシカ

30by30目標と日本のOECM

2022年12月に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」では、2030年までに陸域・海域の30%を保全区域として確保する「30by30目標」が掲げられました。日本では、国立公園・国定公園・都道府県立自然公園(合計約564万ha)、自然環境保全地域、原生自然環境保全地域、保安林、保護林、緑の回廊等が30by30の構成要素となります。これらを重複調整した実効的な保全区域は概算で陸域の約20%水準とされ、目標達成に向けて10ポイント程度の上乗せが必要な状況です。

不足分を埋めるツールとして注目されるのが、OECM(Other Effective area-based Conservation Measures、その他の効果的な地域をベースとする保全手段)です。OECMは法律で保護区として指定されていない区域でも、結果的に生物多様性保全に資する管理が行われている区域を認定する枠組みで、企業の社有林・水源涵養保安林・社寺林・里山等が対象になり得ます。日本では2023年度から「自然共生サイト」認定制度が開始され、企業林や民間保護区を含む50箇所超が初年度認定を受けました。保護林・緑の回廊は、これらOECM枠組みと連動することで、30by30目標達成の中核基盤となります。

国有林の生物多様性保全と林業経営の両立

国有林758万haのうち、保護林97万ha・緑の回廊58万haを除いた約600万haは林業経営または保安林機能の発揮が中心で、これらの区域でも生物多様性配慮の原則は適用されます。林野庁の「国有林野管理経営基本計画」では、(1)生態系維持を前提とした主伐再造林、(2)複層林化・広葉樹林化の推進、(3)モザイク状の伐採配置、(4)野生動物の生息地配慮、等の施業基準が明文化されています。これは「保全と利用は対立しない」という制度設計で、保護林・緑の回廊のコア・コリドー構造と、その他国有林の経営施業が、面的に連続する生物多様性ネットワークを形成しています。

近年は、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の枠組みで、企業の自然関連リスク・機会を評価する動きが加速しており、国有林の生物多様性データ(保護林設定・希少種分布・モニタリング結果)が企業の自然関連評価の参照情報として注目されつつあります。森林由来J-クレジットのFO方法論(森林管理プロジェクト)でも、生物多様性配慮の有無がプロジェクト評価に組み込まれる方向で議論が進んでおり、保護林・緑の回廊の運用は今後ESG・TNFD・気候変動枠組みと一体で進展する見込みです。

保護林・緑の回廊運用の課題と展望

制度運用の課題は3つに整理できます。第1に、面積拡大と質的向上のバランスです。保護林面積は1990年代の約30万ha水準から2020年代の約97万haへと3倍超に拡大しましたが、近年は新規指定のペースが鈍化しており、量的拡大より既存指定区域の質的管理(モニタリング、外来種対策、シカ食害対策、気候変動適応)が優先課題となっています。第2に、シカの食害対策。北海道のエゾシカ、本州のニホンジカ等の個体数増加により、保護林・緑の回廊内の下層植生が広範囲に消失する事例が報告されており、防鹿柵・捕獲・植生回復の総合対策が必要です。第3に、民有林とのネットワーク化。保護林・緑の回廊は国有林を対象とした制度ですが、生態系は所有界を超えて連続しており、民有林側のOECM認定(自然共生サイト)を通じたネットワーク拡張が30by30達成の鍵を握ります。

よくある質問(FAQ)

Q1. 保護林と国立公園は何が違うのですか?

制度根拠が異なります。保護林は森林法・国有林野管理経営に基づき林野庁が国有林内に設定する区分で、対象は森林に限られます。国立公園は自然公園法に基づき環境省が指定する区域で、森林・草原・湿原・海岸・海域等の景観全体が対象です。両者は目的(生物多様性保全 vs 国民の利用と保全)と空間範囲が異なる別制度ですが、屋久島・知床等の代表的地域では両制度が重ねて指定され、より高度な保全レベルが確保されます。

Q2. 緑の回廊では木を伐れないのですか?

緑の回廊では立木伐採が一律禁止ではなく、「環境配慮型施業」として皆伐の制限・複層林化・広葉樹林化の推奨等が運用されます。経済林機能を維持しつつ生態系の連続性を確保する設計で、これは保護林(特に森林生態系保護地域の保存地区)が原則伐採禁止であるのと対照的です。施業の詳細は各森林管理局・森林管理署が個別の運用方針として定めています。

Q3. 民有林にも保護林に相当する制度はありますか?

民有林には国有林の保護林に直接対応する制度はありませんが、自然環境保全法に基づく原生自然環境保全地域・自然環境保全地域、自然公園法に基づく特別地域、森林法に基づく保安林等の保全制度が組み合わせて適用されます。2023年度から開始された「自然共生サイト」認定制度(OECM枠組み)は、民有林を含む幅広い土地を対象とし、民有林側の生物多様性保全の足がかりとなる枠組みです。

Q4. 保護林の指定はどのように決まるのですか?

各森林管理局が候補地を抽出し、学術的検討(生態学・植物学・動物学の専門家による評価)、地域関係者協議(市町村・住民・関係団体)、林野庁本庁協議を経て、森林管理局長が決定します。指定後は森林管理署が日常管理を担い、5〜10年ごとにモニタリング調査・施業計画見直しが行われます。指定基準は林野庁の「保護林制度の改正について」(2015年)に詳細な要件が定められています。

Q5. 30by30目標で日本はどの位置にいますか?

陸域では国立公園・国定公園・自然環境保全地域・保護林・緑の回廊・保安林等を重複調整した保全区域が国土の約20%水準とされ、30%目標まで概ね10ポイントの上乗せが必要な状況です。海域では海洋保護区が13%程度の水準で、こちらも目標達成にギャップがあります。OECM(自然共生サイト)認定の拡大、企業の社有林の活用、地方公共団体の独自保全区域の追加等を組み合わせて目標達成を目指す枠組みが、生物多様性国家戦略2023〜2030に位置づけられています。

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まとめ

国有林758万haのうち保護林97万ha・緑の回廊58万haの合計約155万haが、生物多様性保全のコア・コリドー構造を形成しています。森林生態系保護地域75万haを最大区分とする保護林7区分と、24箇所58万haの緑の回廊が、ネットワーク型保全構造を国有林に実装しています。30by30目標・OECM・TNFDといった国際枠組みとの連動が進む中、保護林・緑の回廊は日本の生物多様性政策の中核基盤として、向こう10年で量的拡大から質的管理(モニタリング・シカ対策・民有林との連携)へと運用の重心を移していくことが見込まれます。

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