北方林(boreal forest、タイガ)と聞いても、日本ではあまり馴染みがないかもしれません。けれどこの森は、地球の森林面積の約3割、地上の炭素プールの約3分の1を抱える巨大な存在です。ロシアのシベリア、カナダ、北欧、アラスカ——地球をぐるりと取り巻く、冷涼な針葉樹の帯。長らく「安定した炭素の貯金箱」と思われてきました。
ところが2010年代後半、衛星観測の技術が一気に進歩したことで、その見方が揺らぎはじめています。森の樹冠が枯れていく「樹冠死亡(canopy mortality)」が各地で増え、しかも同じ北方林のなかで、枯れていく場所(browning)と逆に元気に茂る場所(greening)が同時に進む——そんな奇妙な二極化が、数字で見えてきたのです。この記事では、最新の研究をたどりながら、その変化と、日本(北海道)への意味を整理します。
同じ森で、なぜ正反対のことが起きるのか
まず、この二極化がどういうものかを押さえておきましょう。下の図は、北方林のどんな場所で枯れ(browning)が進み、どんな場所で繁茂(greening)が進むかを整理したものです。
カギは、温度・水分・林の密度・優占樹種の組み合わせです。寒冷で水に困らない疎林では、温暖化とCO2の増加(CO2施肥効果)が成長を後押しし、森はむしろ青々と茂ります(greening)。一方、温暖ですでに木が密集した林では、夏の干ばつと病虫害が引き金になって樹冠が枯れていく(browning)。同じ「気候変動」という原因が、土地の条件しだいで正反対の結果を生むのです。
「平均は増加」の落とし穴
この二極化を世界規模で示したのが、ForzieriとDakosらがNature誌に発表した2022年の研究です(Nature 608: 534–539)。彼らは衛星の植生指数を機械学習で解析し、撹乱からの「回復の速さ」を森のレジリエンス(しなやかさ)の指標として測りました。回復が鈍ってくると、それが崩壊の前触れになる——いわゆる「Critical Slowing Down」という考え方です。
結果は2つに分かれました。熱帯・乾燥帯・温帯林では、水不足を背景にレジリエンスがはっきり低下。ところが北方林は地域差が大きく、平均すると「むしろ増加傾向」だったのです。一見すると安心材料に見えます。しかし、ここに落とし穴があります。「平均増加」の中身を分解すると、特定の地域では明確な劣化が進んでおり、その悪化が好調な地域の数字に覆い隠されているだけなのです。Forzieriらは北方林を「気候変動に対して最も予測しにくい生態系」と位置づけ、ティッピングポイント(臨界点)への接近を注視すべきだと警告しています。
フィンランドで1,800haが枯れた
抽象的な話だけではありません。具体的な現場の数字もあります。Mäyräらの2024年の研究は、フィンランド東南部の117,366haの北方林を対象に、解像度0.5mの航空写真を深層学習(U-Net系のセグメンテーション)で解析し、2017〜2023年の樹冠死亡を自動で検出しました。見つかった枯死は合計約1,803ha、年平均250〜300haで増え続けています。
主な原因は3つ。ひとつは温暖化でキクイムシ(Ips typographus)の世代数が増え、トウヒに大量の被害が出たこと。ふたつめは2018年の欧州熱波の影響が遅れて2020〜23年に表面化したこと。みっつめは暴風が増え、傷ついた木から二次被害が広がったこと。同じ波はスウェーデン中南部やドイツ、チェコ、ポーランドにも及び、欧州中部のトウヒ林ではキクイムシ被害がもはや「常態」になりつつあります。ドイツでは2018〜2022年に推定3億m³もの被害材が発生し、市場に大量流入して価格が暴落、林業経営を直撃しました。
枯れる20年前から、兆候は読める
こうした樹冠死亡は、本当に突然やってくるのでしょうか。じつは、そうとも限りません。Rogersらの2018年の研究は、北米北方林の長期NDVI(植生指数)の時系列を解析し、木が枯れる最大24年も前から、すでにNDVIのばらつき(分散)の増加という早期警報シグナルが検出できることを示しました。下の図が、そのイメージです。
実用的には、森林分ごとにNDVIのばらつきを時系列で追い、急な変化点をつかむことで、大規模な樹冠崩壊を5〜10年単位で前もって警報する仕組みが、欧州・北米で試行段階に入っています。もし20年前から危険な兆候が読めるなら、リスクの高い林分を優先して間伐・主伐・樹種転換に回す——そんな経営判断も可能になります。日本でもLiDARやSentinel-2、PlanetScopeを組み合わせた監視は技術的に十分可能で、林野庁・森林研究整備機構が研究を進めています。
北海道は「最前線」に立っている
では、日本にとってこの話はどこまで「他人事」なのでしょうか。じつは、そうではありません。北海道は地理的に北方林の南限——温帯林への移行帯にあたり、グローバルな北方林トレンドのまさに最前線に位置しているのです。図1で言えば、browningが進みやすい「南限部」の側にあたります。
主役となるトドマツ(Abies sachalinensis)、エゾマツ(Picea jezoensis)、アカエゾマツ(Picea glehnii)は、いずれも気候変動の影響を受けうる針葉樹です。道立林産試験場と森林総合研究所北海道支所の長期モニタリングでは、トドマツの天然更新の不良(堅果が実らない不作年の増加)や、エゾマツの病害(てんぐ巣病・葉枯病など)の地域的な増加がすでに報告されています。いまのところ欧州規模の大規模なbrowningは観測されていませんが、長期変動の兆しは複数見えているのです。
同時に、温暖化でミズナラやイタヤカエデといった広葉樹の分布上限が上がる現象も観測されており、長い目で見れば針葉樹林から針広混交林へと姿を変えていく可能性があります。これは世界の北方林で進む「biome shift(生物群系の移動)」の、日本版とも言える動きです。北海道のデータは、Asian Flux Networkを通じて東アジア全体の森林理解にもつながっており、決してローカルな話にとどまりません。
まとめ:静かだが、確実な変化
北方林の樹冠死亡は、衛星NDVI・L-VOD・LiDAR・深層学習を組み合わせた解析によって、2017〜2024年にかけてくっきりと姿を現しました。Forzieriらが示したように「平均は増加」でも、その内側ではbrowningとgreeningの二極化が進み、フィンランドでは6年で1,800haが枯れています。そして枯死の20年前から兆候が読めるという知見は、リスクを先回りする森林管理への扉を開きつつあります。北方林の南限に立つ北海道にとって、この変化は遠い国の出来事ではなく、これからの森づくりを考えるうえで見過ごせないシグナルです。静かに、しかし確実に進む変化を、衛星と地上の目でどう捉え続けるか——それが問われています。
- Forzieri G, Dakos V, et al. Emerging signals of declining forest resilience under climate change. Nature 608: 534–539 (2022)
- Mäyrä J et al. Significant increase in forest canopy mortality in boreal forests in Southeast Finland. Forest Ecology and Management (2024)
- Berner LT, Goetz SJ. Satellite observations document trends consistent with a boreal forest biome shift. Global Change Biology 28(10): 3275-3292 (2022)
- 国立研究開発法人 森林研究・整備機構(FFPRI)

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