森林破壊と新興感染症リスク:One Health研究の知見と感染症スピルオーバー年率5%増加

林破壊と新興感染症リスク 5% | Forest Eight

エボラ、SARS、ニパ、そしてCOVID-19。この半世紀に人類を脅かした新興感染症の多くには、ひとつの共通点があります――森を切り拓いた場所で生まれた、ということです。森林破壊が野生動物と人間の距離を縮め、これまで森の奥に眠っていた病原体を表に引き出す。COVID-19を経て、この関係は公衆衛生・環境・林業が交差する重要テーマとして一気に注目されるようになりました。森を守ることがなぜパンデミック予防につながるのか、最新研究をもとに見ていきます。

目次

新興感染症の7割は動物由来

新興感染症(EID)とは、新たに確認された病原体や、薬剤耐性化・分布拡大・宿主域拡大した病原体を指します。Jonesらの代表的なレビュー(Nature 2008)は、1940〜2004年に確認された335件のEIDのうち約60%が動物由来、71.8%が野生動物起源だと報告しました。その後の研究もこの傾向の継続・加速を示しています。動物由来のスピルオーバー(種を越えた感染)は年率およそ5%、関連死亡数は年率8.7%で増加しているとされます。

発生のホットスポットは、熱帯・亜熱帯の森林破壊フロンティアに集中しています。中央アフリカ、東南アジア、アマゾン縁辺、南アジアの丘陵部。そして重要な宿主はコウモリ・げっ歯類・霊長類で、とりわけコウモリはコロナウイルスやフィロウイルスの主要なリザーバーです。IPBESの2020年特別報告書は、土地利用変化を将来パンデミックリスクの最大要因の一つに位置づけました。森林を「炭素ストック」としてだけでなく「感染症の緩衝装置」として捉える視点が、近年の研究の中核になっています。

なぜ森を切ると感染症が増えるのか

森林破壊がリスクを高める仕組みは、いくつかの経路が絡み合っています。まず最も直接的なのが接触機会の増大です。伐採・農地拡大・道路建設で、森の奥の野生動物と人間・家畜が触れ合う境界面が広がります。次に媒介生物の生息地変化。アマゾンでは伐採地に水たまりが増え、マラリアを媒介するハマダラカの繁殖効率が上がることが知られています。さらに生物多様性の低下も効きます。多様な生物群集には病原体の行き止まり役(dead-end host)がいて伝播を希釈しますが、群集が単純化するとこの効果が失われます。

加えて、森の奥の動物が長く保有してきた病原体は人間にとって未経験で重篤化しやすく、エボラ(致死率25〜90%)やニパ(40〜75%)のように高い致死率を示します。これらの経路は独立ではなく相互に増幅し合うため、スピルオーバー確率は足し算ではなく掛け算で上がっていきます。断片的な保護区戦略だけでは感染症の緩衝が足りない理由がここにあります。

感染症 関連する森林破壊・土地利用 致死率目安
エボラ出血熱 中央・西アフリカ熱帯林破壊、ブッシュミート 25〜90%
SARS(2003) 南中国野生市場・キクガシラコウモリ 約10%
ニパウイルス マレーシア森林破壊・養豚場・果樹園 40〜75%
COVID-19 東アジア野生動物市場(推定) 累計1〜3%
マラリア(再興) 熱帯森林破壊・水たまり増加 重症で20〜50%
SFTS 東アジア里山管理放棄・マダニ拡大 10〜30%

3つの教訓――エボラ、ニパ、コロナ

エボラの自然宿主はオオコウモリと推定され、ブッシュミート狩猟や伐採地での接触を経て人へ伝わります。2001〜2014年の40件の発生地点を解析した研究は、発生が直近2年以内の森林損失と強く相関することを示しました。2014年の西アフリカ大流行では約28,600人が感染し、11,300人以上が亡くなっています。震源となったギニアの村の周辺は、伐採と農地転換が進んだモザイク状の景観でした。

ニパウイルスは1998年にマレーシアで初確認されました。商業伐採とアブラヤシ・果樹園の拡大でオオコウモリが養豚場周辺の果実に集まり、汚染された果実を豚が食べ、養豚労働者へ広がって約105人が死亡。「森林破壊と農業の土地利用変化が宿主の行動を変え、新しい感染経路を生む」典型例として、いまも教材に使われます。

そしてSARSとCOVID-19。どちらもコウモリ由来のコロナウイルスが中間宿主を介して人に伝播したと考えられています。共通する教訓は3つ――コロナウイルスはコウモリを最大のリザーバーとすること、森林破壊・野生動物取引・畜産集約化が組み合わさるとスピルオーバー確率が跳ね上がること、いったん侵入したRNAウイルスは数週間で世界に拡散すること。森林保全・取引規制・サーベイランスは個別ではなく「束」で機能させる必要があります。

カギは「壊しきる前」の段階にある

2024年のRoyal Society Interface誌の論文は、注目すべき発見を定量化しました。動物由来感染症のリスクは、森が完全に開発された地域よりも、部分的に劣化した段階(森林損失25〜70%)で最も高まるというのです。森林カバーが25〜50%失われるあたりでリスクが急増し、その後はむしろ下がる逆U字を描きます。森林と農地の境界域(edge)で発生密度が高いことも示されました。

森林破壊段階と感染症リスクの関係 完全保全〜部分破壊〜完全開発のスペクトルでの感染症リスク変化。 森林破壊段階と動物由来感染症リスク 感染症リスク 完全 保全 25% 破壊 50% 破壊 75% 破壊 完全 開発 最大リスク帯 出典: Royal Society Interface 2024
図1:森林破壊段階と動物由来感染症リスク(Royal Society Interface 2024 を参照)。

この発見の含意は明快です。「完全保全か完全開発か」という二元論ではなく、初期段階の劣化を防ぐことこそ感染症予防の最も効率的な投資になる、ということ。すでに大規模に破壊された地域を復元するより、まだ健全な森の境界が崩れていくのを止めるほうが費用対効果が高い。これは伐採許可制度や道路敷設、原生林モラトリアムといった林業政策に直接的な意味を持ちます。

One Healthと、森を守る経済性

こうした問題に対する国際的な枠組みがOne Healthです。「ヒト・動物・環境の健康は相互に連関する」という統合的視点で、WHO・FAO・WOAH・UNEPが共同推進しています。野生生物・家畜・媒介生物・人間の感染症データを統合監視し、衛星リモートセンシングで森林破壊地を見張り、獣医・医師・生態学・公衆衛生・林業が協働する。Global Forest WatchやSentinel衛星による森林動態の監視は、その「目」として機能します。ただし衛星データはあくまで目であって、それを現場の公衆衛生・獣医対応につなぐ「神経」と「手」がそろって初めて機能する点には注意が必要です。

経済性の観点でも、森林保全は際立って有利な公衆衛生投資です。ある試算(Pike et al. 2014)では、森林保全と感染症監視への年間50億ドルの投資で、年間500億ドル規模のパンデミックコストを予防できるとされます。COVID-19の世界経済損失はIMF推計で13兆ドル超。パンデミック1回が「兆ドル単位」で、予防投資が「百億〜千億ドル単位」であることを踏まえれば、費用便益はきわめて優位です。問題はROIではなく、便益が国境を越えて拡散するため個別の国や企業に投資インセンティブが働きにくいこと――典型的な「グローバル公共財」問題で、国際資金メカニズムの整備が解決の核心になります。

需要側の制度も動いています。2025年施行のEUDR(EU森林破壊フリー規則)は、木材・カカオ・コーヒー・大豆・パーム油・牛肉などの輸入時に森林破壊地由来でないことの証明を義務づけ、トレーサビリティと衛星モニタリングを求めます。これはサプライチェーン全体に森林破壊抑制の圧力をかけ、結果として感染症リスク要因の縮小にもつながります。

日本にとっての論点――里山と国際協力

日本では大規模な熱帯林型の森林破壊は進んでいませんが、無縁ではありません。気候変動でヒトスジシマカやマダニの分布が北上し、輸入感染症の到着リスクも恒常化しています。とりわけ国内で関連が深いのが里山の管理放棄です。戦後の薪炭利用の低下と林業の衰退で里山が藪化し、シカ・イノシシなどが増えて人間の生活圏との接触が増加、マダニ媒介のSFTSや日本紅斑熱などの曝露リスクが高まっています。

一方で日本は、JICAや国立国際医療研究センター、長崎大学熱帯医学研究所などを通じて、東南アジア・アフリカ・南米の「森林保全+公衆衛生」統合プロジェクトに長く参画してきました。FSC・PEFC・SGEC認証材の調達も、グローバルな森林破壊圧力を下げる一手です。海外協力と国内の里山再生・検疫整備という両輪で、One Healthの実装に貢献できる余地は大きく残されています。

よくある質問

COVID-19は森林破壊と関連していますか

特定の伐採地が起源という直接因果は未確定ですが、SARS-CoV-2はコウモリ由来のコロナウイルスが中間宿主を経て伝播したと複数の系統発生学解析が支持しています。直接の起源が特定されなくても、森林破壊と野生動物接触機会の増加が一般にコロナウイルスのスピルオーバーリスクを上げる、という構造的事実は強く支持されています。

「生物多様性が高ければ安全」と言えますか

必ずしもそうではありません。多様性が病原体伝播を希釈する「希釈効果」はライム病で古典的に支持されますが、すべての感染症で普遍的に成り立つわけではなく、逆に伝播を促進する場合もあります。大切なのは「多様性が高い=安全」ではなく「生態系の機能と構造が健全であること」という、もう一歩踏み込んだ視点です。

認証材を選ぶことは感染症予防に役立ちますか

間接的に役立ちます。FSC・PEFC・SGEC認証材は持続可能な森林管理を保証することで森林破壊圧力を下げ、土地利用変化や野生動物接触といったリスク要因の縮小に寄与します。EUDRの施行と相まって、認証と証明書類の二重化が森林破壊フリー調達の標準になりつつあります。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次