森林の樹冠(林冠)は、地球上でもっとも生きものが密集する場所のひとつです。熱帯雨林では全種の60〜90%が林冠にいるとも言われます。ところがその林冠は地表から数十m〜100mもの高さにあり、長らく専門の木登り技術者(クライマー)でなければ調べられない「手の届かない世界」でした。この壁を一気に崩しつつあるのが、ドローンを使った環境DNA(eDNA)採取です。2023年、ETH Zurich(スイス連邦工科大学)のチームがこの技術をScience Robotics誌に発表し、林冠研究に決定的な突破口を開きました。

なぜ林冠の調査はこんなに難しかったのか
林冠は生物多様性研究の最大の難所でした。木登り技術者が要るうえに危険で時間もかかり、1日に調べられるのはせいぜい数本。道路の通らない奥地では実施そのものが不可能で、雨季・乾季・強風で観測できる窓もごく限られます。結果として、林冠の生物多様性は「これだけ豊かなはず」という推計と、実際に測れたデータの間に大きな空白が残っていました。Bassetら(2012, Science)はパナマの熱帯雨林1haから推定2万5,000種の節足動物を記録しましたが、クレーンやロープを駆使してもなお林冠の最上部・最外縁にはアクセスできなかったのです。ドローンeDNAは、この空白を物理的に埋める技術として登場しました。
枝にそっと触れて、DNAを採る
2023年にETH ZurichのEmanuele Aucone、Stefano Mintchevらが発表した手法は、ドローンに「力検知ケージ」をかぶせ、機体を守りながら枝への接触を感じ取る仕組みです。触覚をもとに枝の表面へ優しく触れ続け、ケージに組み込んだ粘着面で枝表面のeDNA(動物の毛・鱗片・排泄物や微小生物に由来)を採取します。1サンプルの接触時間は20〜45秒、消費電力は通常飛行の1.4倍ほどで、バッテリー1本で5〜7サンプルを採れる効率も実証されました。スイスの試験林では7樹種から採取し、哺乳類・鳥類・昆虫・植物など21分類群のDNAを検出しています。
熱帯雨林での実証――XPRIZE Rainforest
この技術は、24時間で100haの熱帯雨林の生物多様性をどれだけ記録できるかを競う賞金1,000万ドルの国際コンペ「XPRIZE Rainforest」の準決勝で、本物の熱帯雨林に投入されました。ブラジルの森で10サンプルを採取し、eDNAのメタバーコーディングで152の分子分類単位(MOTU)を同定。地上調査では捉えにくい林冠固有種を数多く記録し、採取からDNA抽出・配列決定までを48時間以内に回すパイプラインも構築しました。ドローン1機で、従来ならクライマー2〜3名が3日かけて回る範囲をカバーできた計算になります。なお、ドローン本体を枝に触れさせず長尺プローブを垂らして採る「eProbe」方式(2024年)も別チームが開発しており、両者は補完的に使われる見通しです。
採れたDNAから「種」を当てる仕組み
採取した試料から「どの種か」を判定するのがDNAバーコーディングです。生物群ごとに、種を高い解像度で見分けられる標準遺伝子領域が決まっており、林冠eDNAではこれらを組み合わせて使います。
| バーコード領域 | 対象生物群 | 特徴 |
|---|---|---|
| rbcL | 陸上植物(樹木含む) | 葉緑体遺伝子、保存性が高く属レベルまで安定同定 |
| matK | 陸上植物 | 変異率が高く近縁種の識別に有効。rbcLと併用が国際標準 |
| ITS | 菌類・植物 | 菌類の主要バーコード(UNITEデータベース) |
| COI | 動物(昆虫・脊椎動物) | BOLD Systemsの中心領域、事実上の世界標準 |
| 18S rRNA | 真核生物全般 | 原生生物・菌・微小動物の包括解析 |
植物は単一領域では解像度が足りないため「rbcL+matK+ITS2」の三領域併用が国際推奨。動物はCOIが世界標準で、BOLDには1,500万件以上の配列が登録されています。日本では森林総合研究所(FFPRI)と京都大学が国産樹木のリファレンス整備を進めており、スギ・ヒノキ・ナラ類・ブナ類はほぼ全種でデータが揃っています。携帯型シーケンサー(Oxford Nanopore MinION)を使えば、現場のキャンプで抽出から配列出力まで完結させることも可能です。
違法伐採対策への思わぬ波及
このDNAバーコーディング、じつは伐採後の木材からの樹種同定にも使えます。丸太や製材から少量の木屑を採ってDNAを読めば、樹種を判定できるのです。これが違法伐採対策で大きな意味を持ちます。EUの森林破壊フリー製品規則(EUDR、2025施行)、米国のレイシー法、日本のクリーンウッド法はいずれも木材の合法性確認を求めており、DNA同定が有力な検証ツールになっています。とくにCITES附属書のローズウッド類(Dalbergia)のような取引規制種は、従来の木材組織観察では見分けが難しく、DNAが頼りになります。原産地まで絞り込むには集団遺伝学的手法(マイクロサテライトやSNP)を組み合わせますが、ドローンeDNAはその参照データベースを生きた立木から効率よく作る手段としても期待されています。
日本での展開と、これからの課題
日本はもともと海洋・河川eDNAで世界をリードしており、神戸大学の源利文教授グループ、京都大学、FFPRIなどが林冠eDNAへも研究を広げ始めています。人工林が4割を占める日本では、まず屋久島・白神山地・知床といった天然林・原生林でのパイロット運用が現実的なロードマップとされています。
もっとも、課題も残ります。ドローンのバッテリーは1飛行30〜45分が限界で、強風や雨に弱い。枝表面のDNAは微量なので高感度の解析が要り、粘着面の再利用で前のサンプルが混ざるクロスコンタミにも注意が必要です。熱帯雨林のように未記載種が多い地域では、照合先の参照データベース自体が不足します。それでも、生物多様性条約の「30 by 30」目標(2030年までに陸域30%を保全)に向けた根拠データとして、この技術の寄与は今後10年で急速に広がると見込まれています。National Geographic誌が「ドローンeDNAは21世紀の林冠探検である」と評したように、博物学はいま、物理的なアクセスから情報的なアクセスへと姿を変えつつあります。
よくある質問
ドローンで本当にDNAが採れるのですか?
採れます。Aucone et al. 2023で実証済みです。樹枝の表面には毛・鱗片・排泄物・微小生物などのDNA源が多数あり、粘着面で十分に採取できます。スイスの試験では21分類群が確認されました。
林冠への接近は誰でも操縦できますか?
高度な操縦技術が必要で、専門訓練を受けたパイロットが運用します。日本では国土交通省の機体認証・操縦ライセンス制度(2022年〜)への適合も前提になります。
合法木材証明としての法的な証拠能力は?
米国レイシー法での起訴例、EUTRでの差止例の双方でDNA証拠が採用されています。日本のクリーンウッド法でも、今後DNA同定の活用ガイドライン整備が見込まれています。
- Aucone E, Mintchev S et al. Drone-assisted collection of environmental DNA from tree branches for biodiversity monitoring. Science Robotics 8 (2023)
- eProbe: Sampling of Environmental DNA within Tree Canopies with Drones. Environmental Science & Technology (2024)
- XPRIZE Rainforest Competition 公式
- eDNA Society(環境DNA学会)

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