日本の森林CO2吸収量は2023年度で年間約4,800万t-CO2に達し、日本の年間CO2排出量約11億t(2023年)の約4.4%、エネルギー起源CO2排出量の約4.6%を吸収する重要な吸収源です。これは、温室効果ガス排出削減目標(2030年度46%削減・2050年カーボンニュートラル)の達成に不可欠な存在で、地球温暖化対策推進法(温対法)と第7次環境基本計画で位置づけられた森林吸収目標として政策的に管理されています。本稿では、林野庁・環境省インベントリデータを一次資料として、森林吸収量の年次推移、林齢構造との関係、吸収量算定方法、2050年への展望を、数値ファーストで構造的に整理します。
この記事の要点
- 森林CO2吸収量:年間4,800万t-CO2(2023年度)、日本のCO2排出の4.4%相当。
- 2014年度ピーク約5,500万t-CO2から減少傾向、林齢進行による成長低下が原因。
- 2030年度目標:3,800万t-CO2(温対法)、2050年に向け維持・向上が課題。
- 主要算定枠組:IPCC 2006GL、Tier 2-3、人工林・天然林分けて算定。
- HWP(収穫木材製品)吸収量:別途約1,000万t-CO2/年、合計5,800万t-CO2規模。
- 出典:環境省温室効果ガスインベントリ、林野庁森林林業白書、第7次環境基本計画。
森林CO2吸収量の算定枠組:IPCC 2006GL
日本の森林CO2吸収量は、IPCC 2006年改訂版「温室効果ガスインベントリのための国別ガイドライン」に基づき算定されます。同ガイドラインでは、森林を含む土地利用部門(LULUCF: Land Use, Land-Use Change and Forestry)の吸収・排出量算定方法が3層(Tier 1〜3)で定義されています。日本はTier 2〜3の高精度手法を採用し、(1)森林タイプ別(人工林・天然林)、(2)樹種別(スギ・ヒノキ・カラマツ・天然林広葉樹等)、(3)林齢別(5齢級単位)、(4)地域別、に詳細算定しています。
| 炭素プール | 定義 | 2023年度吸収量 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 幹・枝の生長 | 地上バイオマス | 約3,000万t-CO2 | 主要構成 |
| 地下バイオマス | 根の生長 | 約700万t-CO2 | 地上の約24% |
| 枯死木 | 立枯木・倒木 | 約200万t-CO2 | 変動大 |
| リター(落葉等) | 地表有機物 | 約400万t-CO2 | 季節変動 |
| 土壌有機炭素 | 土壌中炭素 | 約500万t-CO2 | 長期蓄積 |
| 森林吸収合計 | 5プール合計 | 約4,800万t-CO2 | — |
| HWP(別カウント) | 収穫木材製品 | 約1,000万t-CO2 | 合計5,800万t-CO2 |
幹・枝の生長による地上バイオマス吸収が最大のシェア(約63%)で、根(24%)と土壌・リター(13%)が補完します。これは、森林の年成長量と直接的に連動する指標で、林齢構造の変化に最も敏感です。
年次推移:2000年代から2023年までの軌跡
日本の森林CO2吸収量は、京都議定書第1約束期間(2008-2012年度)平均で約5,300万t-CO2/年、2014年度にピーク5,500万t-CO2を記録した後、徐々に減少傾向にあります。これは、日本人工林の主要齢級が成長最盛期(30-50年生)から成熟期(50-70年生)へ移行し、年成長量(=吸収量)が低下しているためです。
| 年度 | 吸収量(万t-CO2) | 主要林齢構成 | 動向 |
|---|---|---|---|
| 1990 | 約7,200 | 20-30年生主体 | 成長最盛期 |
| 2000 | 約7,800 | 30-40年生 | ピーク前期 |
| 2008 | 約7,500 | 40-50年生 | 緩やか減少開始 |
| 2014 | 約5,500 | 50年生中心 | 計上方法変更後ピーク |
| 2018 | 約4,900 | 50-60年生 | 減少進行 |
| 2020 | 約4,500 | 50-60年生 | — |
| 2023 | 約4,800 | 50-65年生 | 確報値 |
| 2030予測 | 約3,800 | 60-70年生 | 温対法目標 |
2014年と1990年で同じ吸収量算定にも関わらず数値が大幅に異なるのは、IPCC 2006GL適用や算定対象拡大、収穫木材製品のオフセット等の影響です。実効的な森林の年成長能力は1990年から2030年で半減すると予測されており、これは戦後拡大造林期に植えられた森林が高齢化していく必然的なプロセスです。
林齢別吸収特性:成長最盛期と成熟期
森林のCO2吸収能力は林齢により大きく変動します。一般に、(1)0-15年生:低吸収(年5-10t-CO2/ha)、(2)15-30年生:吸収最高(年20-30t-CO2/ha)、(3)30-50年生:成長最盛期(年15-25t-CO2/ha)、(4)50-70年生:成熟期(年8-15t-CO2/ha)、(5)70年生以上:飽和期(年3-8t-CO2/ha)、と推移します。
| 樹齢 | 年吸収量(t-CO2/ha) | 累積CO2固定(t-CO2/ha) | 状態 |
|---|---|---|---|
| 1-5年 | 約5 | 約25 | 幼齢期 |
| 6-15年 | 約12 | 約170 | 成長加速 |
| 16-25年 | 約25 | 約420 | 成長最盛期 |
| 26-40年 | 約20 | 約720 | 成長期後期 |
| 41-60年 | 約12 | 約960 | 成熟期 |
| 61-80年 | 約7 | 約1,100 | 低成長期 |
| 81年以上 | 約4 | 約1,160 | 飽和期 |
日本のスギ・ヒノキ人工林の林齢分布は、(1)8齢級(41-50年生)以上が約70%、(2)11齢級(51年生以上)が約25%、(3)若齢林(1-3齢級、1-15年生)はわずか3%、と極めて偏っています。これは、戦後拡大造林期(1950-1970年代)に集中植林された林分が一斉に高齢化している結果で、森林のCO2吸収能力低下の構造的要因となっています。
第7次環境基本計画と森林吸収目標
第7次環境基本計画(2023年策定)は、2030年度温室効果ガス排出46%削減・2050年カーボンニュートラルの中間目標として、森林吸収量について2030年度3,800万t-CO2の確保を明示しています。これは温対法に基づく地球温暖化対策計画(2024年改定)の数値とも一致し、政策的な森林吸収目標値となっています。
| 項目 | 目標値 | 備考 |
|---|---|---|
| 2030年度GHG排出 | 2013年度比46%削減 | NDC(自国決定貢献) |
| 2050年GHG排出 | カーボンニュートラル | 政府宣言 |
| 2030年度森林吸収 | 3,800万t-CO2/年 | 温対法・第7次基本計画 |
| HWP(収穫木材製品)吸収 | 別途約900-1,200万t-CO2/年 | 長期固定効果 |
| 森林吸収+HWP合計 | 約4,700-5,000万t-CO2/年 | 2030年想定 |
| 2030年度排出(必要削減後) | 約7.6億t-CO2 | 1.4億t削減必要 |
森林吸収3,800万t-CO2は、削減後排出7.6億t-CO2の約5%に相当する量で、エネルギー転換・産業・運輸・民生の各部門の排出削減と並ぶ重要な「第5の柱」として位置づけられます。
主要樹種別吸収量:スギ・ヒノキの貢献
日本の森林CO2吸収量4,800万t-CO2を樹種別に分解すると、人工林の主要樹種が大半を担います。
| 樹種・林相 | 面積 | 吸収量 | シェア |
|---|---|---|---|
| スギ人工林 | 444万ha | 約1,400万t-CO2 | 29% |
| ヒノキ人工林 | 260万ha | 約700万t-CO2 | 15% |
| カラマツ人工林 | 100万ha | 約350万t-CO2 | 7% |
| マツ・その他針葉樹 | 120万ha | 約300万t-CO2 | 6% |
| 人工林広葉樹 | 96万ha | 約200万t-CO2 | 4% |
| 天然林(針葉樹) | 320万ha | 約500万t-CO2 | 10% |
| 天然林(広葉樹) | 1,160万ha | 約1,350万t-CO2 | 28% |
| 合計 | 2,500万ha | 約4,800万t-CO2 | 100% |
人工林(1,020万ha、森林全体の41%)が森林吸収全体の約61%を担い、特にスギ(29%)とヒノキ(15%)の2樹種で全体の44%を占める重要性です。天然林(広葉樹中心)は面積で約59%を占めながら吸収量は38%と相対的に低く、これは天然林の多くが成熟段階に達して年成長量が低下しているためです。
地域別吸収量:北海道・東北の貢献
森林CO2吸収量は地域分布も重要な要素です。森林面積の多い北海道・東北・九州が主要な吸収源です。
| 地域 | 森林面積 | 吸収量 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 北海道 | 554万ha | 約960万t-CO2 | 20%、トドマツ・カラマツ |
| 東北 | 505万ha | 約880万t-CO2 | 18%、スギ広範 |
| 関東 | 270万ha | 約510万t-CO2 | 11%、スギ・ヒノキ |
| 中部・北陸 | 402万ha | 約900万t-CO2 | 19%、長野・岐阜 |
| 近畿 | 156万ha | 約290万t-CO2 | 6%、奈良・和歌山 |
| 中国・四国 | 261万ha | 約540万t-CO2 | 11%、ヒノキ集中 |
| 九州・沖縄 | 248万ha | 約520万t-CO2 | 11%、スギ大規模 |
| 合計 | 2,500万ha | 約4,800万t-CO2 | 100% |
北海道は森林面積最大(554万ha)で、最大吸収地域。東北は戦後造林スギの集中地で第2位、中部・北陸は長野・岐阜のヒノキ・カラマツ林で第3位です。
HWP(収穫木材製品)吸収:別途算定の重要性
森林本体の吸収量4,800万t-CO2に加え、HWP(Harvested Wood Products、収穫木材製品)として、毎年約1,000万t-CO2が長期炭素固定として算定されます。HWPは、木材製品(製材・合板・集成材・パーティクルボード等)と紙パルプ製品(紙・板紙)が炭素を保持し続ける効果を反映するもので、IPCC 2006GLで標準化された手法(Production approach、Stock-change approach等)で算定されます。
| HWP分類 | 半減期 | 炭素固定貢献 |
|---|---|---|
| 製材・建築材 | 約35年 | 主要寄与 |
| 合板・集成材 | 約25年 | — |
| パーティクルボード | 約25年 | — |
| 紙・板紙 | 約2年 | 短期だが大量 |
| 燃料用木材 | 0年 | 非貢献(即時排出) |
HWPの炭素貯蔵により、日本の森林吸収量とHWP吸収量を合計すると約5,800万t-CO2/年となり、森林分野の総貢献量はより大きくなります。これは収穫から製品化、利用、廃棄までの全ライフサイクルで炭素管理する考え方で、京都議定書第2約束期間以降の標準的な算定枠組です。
森林経営活動と吸収量算定対象
京都議定書・パリ協定の枠組では、森林吸収量のうち「森林経営活動」として算定される部分のみが、削減目標達成のためにカウント可能です。日本の場合、(1)森林経営計画認定面積、(2)保安林の管理活動、(3)施業集約化と路網整備、(4)育林・保護・整備活動、を「森林経営活動」と定義し、これに対応する吸収量を算定します。2023年度の森林経営対象は約1,460万ha(森林全体の58%)で、この範囲の吸収量がインベントリ計上対象です。
森林吸収量の脆弱性:気候変動・災害・病虫害
森林吸収量は、(1)気候変動による生長低下、(2)森林火災、(3)病害虫被害(マツノザイセンチュウ・ナラ枯れ)、(4)大雪・台風被害、(5)シカ・クマ等の食害、により損失リスクがあります。日本の年間森林被害は、2023年度で森林火災約60ha、台風・大雪被害約4,000ha、ナラ枯れ約30万ha、マツ枯れ約3.4万ha、シカ食害推定約20万haなど、総計約25-30万haで、CO2吸収量への影響は数百万t-CO2規模に及びます。
2050年に向けた森林吸収戦略
2050年カーボンニュートラル達成のため、日本の森林吸収戦略は4本柱で推進されます。(1)主伐・再造林の推進:成熟人工林を伐採し若齢林に転換、新たな成長期の吸収を確保。(2)長伐期化と択伐:伐期を従来50年から80-100年に延長、累積炭素貯蔵を最大化。(3)HWPの長期利用拡大:建築用木材、CLT、長寿命家具など耐久性高い製品への利用増加。(4)多目的森林管理:混交林化、生物多様性確保、強靱な森林生態系の構築。これらの組合せで、2050年に向けて持続的な吸収量を維持・拡大することが目標です。
まとめ:4,800万t-CO2の意味
森林CO2吸収量4,800万t-CO2は、日本の年間排出量の4.4%、エネルギー起源CO2の4.6%に相当する重要な吸収源です。林齢構造の高齢化により減少傾向にありますが、温対法・第7次環境基本計画で2030年度3,800万t-CO2の確保が目標化され、政策的に維持・管理されています。HWPの追加効果(年約1,000万t-CO2)と合わせ、森林分野は年5,800万t-CO2の脱炭素貢献を担い、2050年カーボンニュートラルの中核的存在として位置づけられます。日本の森林の健全な管理は、気候変動対策の重要な一環として、これからも国家戦略として推進されていく分野です。
森林吸収量と国際比較:先進国の中での位置
森林CO2吸収量を国際比較すると、日本の4,800万t-CO2は先進国の中でも上位の規模です。OECD諸国主要国の森林吸収量は、(1)米国:約7億t-CO2/年(最大)、(2)ロシア:約5億t-CO2/年、(3)EU合計:約3.6億t-CO2/年、(4)カナダ:約2億t-CO2/年、(5)日本:約4,800万t-CO2/年、です。日本は先進国の中で森林面積比は小さい(米国の3,260万haの1/13)にもかかわらず、人工林の集約管理により単位面積当たりの吸収効率が比較的高い水準を維持しています。
| 国・地域 | 森林面積 | 年吸収量 | ha当たり吸収 |
|---|---|---|---|
| 米国 | 約3.1億ha | 約7億t-CO2 | 2.3 t/ha/年 |
| ロシア | 約8.2億ha | 約5億t-CO2 | 0.6 t/ha/年 |
| EU27 | 約1.6億ha | 約3.6億t-CO2 | 2.3 t/ha/年 |
| カナダ | 約3.5億ha | 約2億t-CO2 | 0.6 t/ha/年 |
| 日本 | 約2,500万ha | 約4,800万t-CO2 | 1.9 t/ha/年 |
| 中国 | 約2.2億ha | 約11億t-CO2 | 5.0 t/ha/年 |
| 豪州 | 約1.3億ha | 約-2,000万t-CO2 | 森林火災で正味排出 |
中国の単位面積当たり吸収量5.0 t/ha/年は、若齢人工林比率の高さ(退耕還林等で2000年代以降造成された林分が多い)を反映したもので、林齢進行と共に低下する見込みです。日本の1.9 t/ha/年は先進国平均より高く、人工林の集約管理の効果を示しています。
森林J-クレジット化:吸収量の経済価値化
森林吸収量を経済価値に変換する仕組みが森林J-クレジット制度です。J-クレジットは、(1)方法論(FO-001 森林経営活動、FO-002 植林活動、FO-005 森林経営計画)の認定、(2)プロジェクトの登録(モニタリング期間8年間)、(3)吸収量のクレジット発行(1t-CO2 = 1クレジット)、(4)市場での売買(直近価格1〜3千円/t-CO2)、で運営されます。森林J-クレジットの累計認証量は2024年度末で約100万t-CO2、年間発行量は10〜20万t-CO2/年規模です。
| 方法論 | 対象活動 | 累計認証 |
|---|---|---|
| FO-001 | 森林経営活動(既存林の管理) | 約60万t-CO2 |
| FO-002 | 植林活動(新規植林・再造林) | 約25万t-CO2 |
| FO-005 | 森林経営計画認定森林管理 | 約15万t-CO2 |
| 合計 | — | 約100万t-CO2 |
森林J-クレジットの市場規模は、年間4,800万t-CO2吸収量の0.2-0.4%にとどまっており、ポテンシャルは膨大です。今後の制度改善(追加性要件の柔軟化、価格上昇、企業需要拡大)により、5-10%程度のクレジット化が期待されます。
都道府県別森林吸収量と地域戦略
都道府県別の森林吸収量は、北海道(最大)、岩手・福島・長野・岐阜・宮崎・鹿児島が上位です。都道府県は、(1)独自の森林吸収目標設定、(2)森林環境譲与税の活用、(3)J-クレジット創出支援、(4)地域木材利用促進、により、地域戦略として森林吸収を活用しています。
| 都道府県 | 森林面積 | 推定吸収量 |
|---|---|---|
| 北海道 | 554万ha | 約960万t-CO2 |
| 岩手 | 117万ha | 約220万t-CO2 |
| 長野 | 106万ha | 約230万t-CO2 |
| 福島 | 97万ha | 約180万t-CO2 |
| 岐阜 | 86万ha | 約180万t-CO2 |
| 宮崎 | 59万ha | 約150万t-CO2 |
| 高知 | 59万ha | 約120万t-CO2 |
| 鹿児島 | 59万ha | 約120万t-CO2 |
| その他 | 1,463万ha | 約2,640万t-CO2 |
森林吸収量の見える化:自治体・企業の取り組み
森林吸収量の見える化は、自治体・企業のカーボンマネジメントで重要なテーマです。代表的な取り組みは、(1)RE100・SBT認証企業:森林J-クレジットでScope3排出のオフセット、(2)森林環境譲与税の使途明確化:自治体ごとの森林管理活動の吸収量計算、(3)カーボン・オフセット商品:森林J-クレジット付き商品・サービス、(4)森林吸収ポテンシャル可視化:航空レーザーやリモートセンシングでの推定、(5)地域カーボンバンク:地域住民・企業・自治体の連携、です。森林吸収量の経済価値化は、地域経済活性化と気候変動対策の両立を目指す重要な政策ツールとして、これからも発展していく分野です。
森林吸収量の不確実性と精度向上
森林吸収量算定には、(1)林分単位の成長予測誤差(±10-20%)、(2)リター・土壌炭素の変動性(±15-25%)、(3)リモセン推定の限界(±10-15%)、(4)災害・病虫害の予測困難性、などの不確実性があります。これらを克服するため、(A)森林簿と航空レーザー測量の融合、(B)地上FLUX観測ネットワーク、(C)衛星リモセンと機械学習の活用、(D)長期モニタリングプロット、により精度向上が進められています。今後10年で誤差を±5-10%まで縮小できる見込みで、より精緻な政策設計と国際信頼性確保が期待されます。
森林吸収量と温対法の枠組
地球温暖化対策推進法(温対法、1998年制定、2021年改正)は、日本の気候変動対策の根幹法令で、森林吸収量についても重要な位置づけを与えています。同法に基づく地球温暖化対策計画(2024年改定版)では、(1)2030年度森林吸収量3,800万t-CO2の確保、(2)森林経営管理活動の推進、(3)森林環境譲与税の活用、(4)森林J-クレジット制度の拡充、(5)スマート林業による生産性向上、が政策の柱として明記されています。これら政策の組合せにより、減少傾向にある森林吸収量を、可能な限り維持・回復させることが、政策の中核的目標となっています。
主伐・再造林:吸収量回復の戦略
日本の人工林吸収量低下の主因は、林齢構造の高齢化(8齢級以上70%)です。これを解決するための戦略が、主伐・再造林の推進です。具体的には、(1)伐期到来人工林の計画的な皆伐、(2)皆伐後の確実な再造林(無植栽率の低減)、(3)コンテナ苗等の活用による造林効率化、(4)獣害対策(シカ食害防止柵)、(5)下刈り・除伐などの初期育林の徹底、が政策推進されます。年間主伐面積は約3.5万ha(2023年度)で、再造林率は約40%にとどまります。残り60%は無植栽地として放置され、森林機能の低下が懸念されます。
| 項目 | 現状(2023) | 目標(2030) |
|---|---|---|
| 年間主伐面積 | 約3.5万ha | 約7-8万ha |
| 再造林率 | 約40% | 70%以上 |
| 主伐木材利用率 | 約60% | 80%以上 |
| コンテナ苗利用 | 約20% | 50%以上 |
| 森林経営計画 | 約400万ha | 600万ha |
主伐・再造林の推進により、若齢林の比率を高め、長期的な吸収能力の回復が期待されます。ただし、(1)若齢林化により短期的には吸収量がさらに低下、(2)再造林コスト負担、(3)獣害リスク、(4)木材市場との連動、などの課題があり、丁寧な施業設計が必要です。
長伐期化と択伐:別の選択肢
主伐・再造林とは異なる選択肢として、長伐期化と択伐があります。長伐期化は伐期を従来50年から80-100年に延長し、累積炭素貯蔵を最大化する戦略。択伐は林分内で部分的に伐採し、残存木の成長を促す手法です。これらは、(1)皆伐に伴う土壌炭素流出の抑制、(2)景観・生物多様性の維持、(3)水土保全機能の継続、(4)伐採コスト分散、で優位性があります。一方、(A)木材生産量は皆伐より少ない、(B)施業コストが高い、(C)熟練労働力が必要、が課題です。
森林環境税・譲与税と吸収量:自治体の役割
森林環境税(2024年4月から国民1人1,000円徴収)と森林環境譲与税(2019年度から先行実施、年600億円規模)は、森林吸収量の維持・回復のための重要な財源です。譲与税は、(1)森林整備(間伐、植林)、(2)人材育成、(3)木材利用促進、(4)普及啓発、に活用され、各自治体の森林管理活動の財源として機能します。譲与税創設以降、森林整備量は年間約20%増加し、吸収量低下の緩和に貢献しています。
カーボン・オフセット市場:森林由来クレジットの需要
世界のカーボン・オフセット市場(自主市場)は、2023年で約20億ドル規模に達し、2030年には100億ドル超への拡大が予測されます。森林由来のクレジット(森林J-クレジット、VERRA VCS、Gold Standard等)は、市場の約50%を占め、企業の脱炭素戦略(Scope3排出オフセット、ネットゼロ目標達成)の中核ツールです。日本企業も、トヨタ、日本航空、楽天等が大規模な森林クレジット購入を実施し、自社排出のオフセットに活用しています。森林吸収量の経済価値化は、森林管理の財源確保と、企業の気候変動対策の両立を実現する重要な仕組みです。
森林吸収量の科学的根拠:FFPRIの研究
森林総合研究所(FFPRI、つくば市)は、日本の森林吸収量算定の科学的基盤を提供する中核研究機関です。同所は、(1)全国森林モニタリング(4kmグリッド)、(2)地上FLUXタワー観測(10サイト)、(3)森林簿の精緻化、(4)リモセン技術の活用、(5)バイオマス・炭素変換係数の更新、により、IPCC 2006GLに準拠した高精度な吸収量算定の科学的基盤を構築しています。最近の研究では、(A)若齢林の予想以上の高吸収、(B)土壌炭素の長期的蓄積、(C)気候変動による生長変化、などが明らかになりつつあります。
2050年カーボンニュートラルへの森林吸収戦略
2050年カーボンニュートラル達成のため、森林吸収戦略は以下の4本柱で推進されます。第1の柱は主伐・再造林の推進で、若齢林比率を10%以上に回復させる。第2の柱は木材長期利用で、HWP吸収を年1,500万t-CO2まで拡大。第3の柱は森林経営の集約化で、森林経営計画認定面積を600万haに拡大。第4の柱はクレジット市場活用で、年500万t-CO2のクレジット創出。これらを組み合わせ、2050年に森林分野で合計約5,500万t-CO2/年の吸収量確保を目指します。これは、日本の最終排出量(カーボンニュートラル時の残余排出)の主要なオフセット源となります。
個人・企業ができること:森林吸収への貢献
個人・企業が森林吸収量に貢献する具体的な方策は、(1)国産木材の利用:建築材、家具、紙製品で国産材を選択。(2)森林J-クレジットの購入:自社排出のオフセット、商品付加価値化。(3)森林ボランティアへの参加:地域の森林整備活動。(4)森林環境税の理解:年1,000円の意義を認識。(5)森林資源を活用した観光・教育:森林浴、自然学校、エコツーリズム。これらの活動を通じて、社会全体で森林の多面的機能を支え、CO2吸収を含めた持続可能な森林管理を実現することが、これからの重要な課題です。
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主要出典:環境省「温室効果ガスインベントリ報告書」(2025年版)、林野庁「森林・林業白書」(令和6年度)、地球温暖化対策推進法(温対法)、第7次環境基本計画、IPCC 2006 Guidelines for National Greenhouse Gas Inventories、地球温暖化対策計画(2024年改定)。

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