森林土壌のメタン吸収機能:温暖化フィードバックとメタン酸化菌

森林土壌のメタン吸収機能 | Forest Eight

森林の温室効果ガスというと、ふつうはCO2の吸収が話題の中心です。でも実は、森林の土壌には大気中のメタン(CH4)を吸い込んで分解するという、あまり知られていない働きがあります。メタンはCO2の20〜30倍も強力な温室効果ガス。森林土壌は、その地球規模の吸収(土壌シンク)の6割以上を担う主役なのです。この記事では、その仕組みと、温暖化との意外な関係を見ていきます。

目次

なぜ森林土壌がメタンを吸うのか

大気中のメタン濃度は、産業革命前の約720 ppbから、いまや約1,930 ppbへと急増しています。メタンはCO2より寿命は短い(約9〜12年)ものの効果は強烈で、100年あたりの温暖化係数はCO2の約27〜30倍。だからこそ、これを地道に減らしてくれる森林土壌の役割が見直されています。

ポイントは「好気環境」です。森林の表層〜亜表層は常に空気が通う酸素のある世界で、ここにメタン酸化菌(メタノトロフ)という微生物が住みついています。彼らが年中メタンを酸化して吸収してくれるわけです。逆に、湿地や水田、有機質の土壌は酸素のない嫌気環境で、ここではメタンを「作り出す」菌が優勢になり、収支が真逆(放出源)になります。同じ「土壌」でも、空気の通り方ひとつで吸う側にも出す側にもなる——ここが面白いところです。

森林土壌メタン吸収のメカニズム 大気CH4が森林土壌のメタン酸化菌により酸化される過程。 森林土壌のメタン吸収メカニズム 大気(CH4: 約1.9 ppm) CH4 ↓拡散 森林土壌 ●メタン酸化菌(メタノトロフ) CH4 + 2O2 → CO2 + 2H2O(メタノトロフ酸化) 温暖化係数 28-34倍 → 1倍 = 削減効果大 森林土壌は地球規模CH4吸収の5-10%を担当 出典: Nature Communications 2025; PNAS 2018; ScienceDirect 2024
図1:森林土壌のメタン吸収メカニズム(出典:Nature Comm 2025、PNAS 2018等)。

主役の微生物:高親和性メタノトロフ

森林土壌でとくに重要なのが、USC(Upland Soil Cluster)と呼ばれる微生物群です。多くのメタン酸化菌は数百〜数千 ppmという高いメタン濃度を好みますが、USCのなかま(USCα/γ)は大気濃度(わずか約2 ppm)でも酸化できる特別な酵素を持っています。森林の表層0〜10 cmで微生物群集の3〜6割を占めることも珍しくありません。

彼らはメタンモノオキシゲナーゼという酵素でメタンを酸化し、最終的にCO2まで分解します。CH4をCO2に変えるだけで温暖化係数が約1/30になるので、地味ながら効果は絶大。群集の顔ぶれは土壌のpHで変わり、酸性のスギ・ヒノキ林ではUSCαが、中性のブナ・ナラ林ではUSCγが優勢になる傾向があります。

2025年の最新研究:寒い土地ほど温暖化で吸う

2025年に Nature Communications に載った中国84森林サイトの研究は、興味深い「負のフィードバック」を示しました。寒冷地ほどメタン酸化能の温度感受性が高い——つまり温暖化で気温が上がると、寒い地域の森林土壌のほうがぐっとメタンをよく吸うようになる、というのです。Q10(10℃上昇あたりの活性倍率)は寒冷地で1.8〜2.5、温暖地で1.2〜1.5。試算では、+2℃で中国温帯林のメタン吸収は平均約14%増、北方寒冷林では最大30%超の増加が見込まれました。

温暖化がメタンの吸収を促す方向に働く——これは温暖化を少し和らげる「負のフィードバック」です。ただし応答は地理的にかなり不均一で、すでに高活性の温暖地では増分が小さい点に注意が必要です。

水分が決め手:乾きすぎず、湿りすぎず

メタン吸収は微生物の元気さだけでなく、メタンが土の隙間を通って菌のところまで届けるかどうか(ガスの拡散)に強く左右されます。カギを握るのが土壌水分です。隙間が水で満たされる割合(WFPS)が30〜60%のときに、ガスの通りと微生物活性が両立して最もよく吸います。乾きすぎると微生物が弱り、湿りすぎるとガスが届かず、80%を超えると嫌気化して逆に放出源に反転してしまいます。

面白いのは、温暖化で土が乾くとガスが通りやすくなり、かえって吸収が増えるケースがあること。亜熱帯林の加温実験では、土壌が乾いた結果メタン吸収が12〜61%も増えました。一方で極端な豪雨が続くと数日間だけ放出源になることもあり、降水パターンの極端化はリスク要因です。

温帯森林はどれくらい吸う?

温帯森林の年間吸収量は、おおむね1〜6 kg CH4-C/ha/yr(中央値2〜3)程度。代表的な長期観測サイトの値を並べると、地域差がよく見えます。

温帯森林CH4吸収の地域別レンジ 主要長期観測サイトのCH4吸収速度(kg CH4-C/ha/yr)と湿地林のソース値の比較棒グラフ。 主要森林サイトのCH4吸収速度(kg CH4-C/ha/yr) Harvard Forest 2.0-3.5 Hainich (独) 3.0-5.0 Höglwald (独) 1.0-2.5(高N沈着) 富士北麓カラマツ 1.5-3.0 苫小牧混交林 2.0-3.5 Pasoh熱帯雨林 3.0-6.0 温帯林平均 2-3(中央値) 湿地林(泥炭) −10〜−50(ソース) 緑=シンク(吸収)/赤=ソース(放出)。出典: 各サイトのフラックス論文・Geoderma 2022 レビュー
図2:主要森林サイトのCH4吸収速度の比較。湿地林のみ赤=ソース化。

世界の森林全体での正味吸収は年25〜35 Tg CH4と推計され、CO2換算で年0.7〜1.0 Gt CO2eq/yr。森林のCO2純吸収(年7〜8 Gt CO2/yr規模)と比べると約1割の追加的な貢献にあたります。小さくはない数字です。

吸収を弱めるもの:窒素と人為撹乱

残念ながら、この吸収機能は人間活動で簡単に弱ります。最大の敵が大気からの窒素降下です。自動車排ガスや畜産アンモニア由来の窒素が土に沈着すると、アンモニウムイオンがメタン酸化酵素の活性中心でメタンと競合し、吸収を阻害します。N沈着が年10 kgを超えると吸収が直線的に低下し、25 kgを超えると半減レベルに。逆に言えば、排ガス規制や肥料管理の改善が、間接的にメタンシンクの回復=温暖化対策につながるということです。

森林管理の影響も無視できません。皆伐すると直後1〜3年で吸収が30〜60%低下し、地下水位の上昇で一時的に放出源化することもあります。窒素肥料の施用も30〜70%の低下を招きます。一方、低撹乱な地拵え、長伐期化、路網密度の抑制は吸収機能の維持・強化に効きます。日本の人工林を長伐期で育てることは、木材生産だけでなくメタンシンク強化という副次効果も持ちうるのです。

CO2吸収との関係、そして日本の森林

森林の温暖化緩和はあくまでCO2吸収が主役で、メタン吸収はそれを補う追加シンクです。CO2換算で見るとメタン吸収はCO2吸収の1〜3%程度。ただメタンは短寿命で高GWPなので、「短期で気温上昇を抑えたい」場面では相対的な重要性が増します。IPCCの1.5℃目標達成では短期的なメタン抑制が決定的とされ、森林のメタンシンク保全は政策的にも意義があります。

日本の森林(約2,500万ha)の年間メタン吸収量は、平均5 kg/haと仮定すると年12.5万t CH4 ≒ CO2eqで約350万t相当。地域差を考えると年200〜700万t CO2eqの幅です。針葉樹人工林も広葉樹天然林もシンクとして機能し、富士北麓・苫小牧・高山などのフラックスタワーでは、CO2と同時にメタンも長期観測する貴重なデータが蓄積されています。温暖化で吸収が増える負のフィードバックが期待される一方、梅雨や台風による極端な多雨が土壌を過湿にし、短期的な放出源化を増やすリスクが今後の評価課題です。

よくある質問

森林がメタンを吸うって本当?

本当です。土の中のメタン酸化菌(とくにUSCα/γなどの高親和性メタノトロフ)が大気中のメタンを酵素で酸化し、CO2に変えます。長期チャンバー観測でもタワー観測でも、年単位の吸収が確認されています。

木を植えればメタンも減る?

はい。植林や森林保全はCO2吸収に加えメタン吸収機能も生みます。ただし機能が安定するには数十年単位かかり、表層の撹乱を最小限にし、窒素肥料を控えることが条件です。

皆伐するとどうなる?

直後1〜3年で吸収が30〜60%低下し、地下水位上昇で一時的に放出源化することもあります。低撹乱な地拵えや路網密度の抑制で、この低下幅は半減できます。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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