シカやイノシシの肉を「ジビエ」として味わう機会が、ここ数年で確実に増えました。実際、日本のジビエ利用量は2023年度に2,189tと、2016年度のおよそ2.7倍にまで伸びています。ただ、その明るい数字の裏側には少し複雑な事情があります。捕獲されたシカ・イノシシのうち、実際に食肉などに活かされるのは1割ほど。残りの9割は、埋設や焼却で処分されているのです。この記事では、森林資源としての野生動物利用を、捕獲数・処理施設・被害額・流通という4つの角度から見ていきます。
2,189tの内訳と伸び
2023年度のジビエ利用量2,189tの内訳は、シカが1,420t(65%)、イノシシが647t(30%)。この2種だけで全体の94%を占めます。用途別では食肉が1,889t、ペットフードが300tで、後者は2017年度の60tから5倍に伸びました。下のグラフのとおり、コロナ禍で一時足踏みしたものの、全体としては右肩上がりが続いています。
捕獲131万頭、でも使われるのは1割
2022年度の捕獲数はシカ約72万頭・イノシシ約59万頭、合わせて131万頭。1990年代の4〜5倍という水準です。ところが、このうち食肉処理施設にまわるのは約13万頭、利用率にして10%ほどにすぎません。
| 区分 | 捕獲数 | 施設での利用 | 利用率 |
|---|---|---|---|
| シカ | 約72万頭 | 約8.8万頭 | 約12% |
| イノシシ | 約59万頭 | 約4.1万頭 | 約7% |
| 合計 | 約131万頭 | 約13万頭 | 約10% |
| 残り(埋設・焼却) | 約118万頭 | — | 処分コスト3〜8千円/頭 |
なぜここまで利用率が低いのか。理由は大きく3つあります。まず、処理施設が捕獲現場から遠く、運び込めないこと。山間部では1頭を担いで下ろすだけでも一苦労です。次に、衛生上の時間制約で、捕獲から処理まで原則4時間以内に持ち込む必要があること。そして、ジビエを売る販路がまだ限られ、処理能力と需要がかみ合っていないこと。1頭処分するのに3,000〜8,000円かかることを思えば、なんとも惜しい状況です。
全国744の処理施設
食肉処理施設は2023年度時点で全国744。シカ・イノシシの生息密度が高い県に集中しています。とはいえ年間100頭未満の小規模施設が約6割を占め、500頭以上の大規模施設は5%程度。全体に小さく分散した構造です。
| 都道府県 | 施設数 | 主な処理対象 |
|---|---|---|
| 北海道 | 66 | エゾシカ・ヒグマ |
| 長野 | 49 | ニホンジカ・イノシシ |
| 岐阜 | 41 | ニホンジカ・イノシシ |
| 兵庫 | 40 | ニホンジカ・イノシシ |
| 京都 | 37 | ニホンジカ・イノシシ |
| 大分 | 33 | ニホンジカ・イノシシ |
2018年に農水省が始めた「国産ジビエ認証制度」は、衛生基準やトレーサビリティを満たす施設を認証する仕組みですが、取得済みはまだ40施設(全体の5%強)。認証施設のジビエはホテルや百貨店などの高級チャネルで扱われ、シカモモ肉でkg3,000〜5,000円のプレミアムがつきます。一方、認証のない施設のものは地元の飲食店や直売所が中心で、kg1,500〜2,500円ほど。品質保証の浸透はまだ道半ばです。
被害156億円――森林を守るための捕獲
そもそもなぜこれほど捕獲するのか。背景にあるのが、野生鳥獣による農林業被害です。2022年度で156億円、うち林業被害が約60億円を占めます。最も深刻なのが、植えたばかりのスギ・ヒノキの苗木をシカが食べてしまう食害で、年間120万本以上が被害にあっています。
苗木が食べられれば再造林の成功率は下がります。シカの多い地域では高さ2mの防護柵を張らざるを得ず、その設置・維持コストは1haあたり50〜100万円。これが再造林の採算を重く圧迫しています。さらにシカは下層の草本や低木を食べ尽くし、地上1m以上に植物がない「ディアライン」と呼ばれる景観をつくり、生物多様性の低下や表土流出まで引き起こします。シカの個体数管理は、農林業を守るためであると同時に、森そのものを守るための課題でもあるのです。
ペットフードという新しい出口
利用率を引き上げる希望のひとつが、ペットフードです。2017年度の60tから2023年度には300tへ、5倍の急成長。シカ肉の高タンパク・低脂肪という性質が、高齢の犬猫やアレルギー対応フードとして評価されています。食肉の基準を満たさない内臓や骨も原料に使えるため、捕獲した1頭をまるごと活かしやすいのも利点です。北海道・長野・岐阜などでは、食肉処理施設にペットフード加工を併設する例が増えています。
担い手の高齢化という宿題
捕獲を支えるハンターは全国に約20万人いますが、実際に活動するのは10万人ほど。平均年齢は約66歳と高く、1970年代の60万人からは大きく減りました。明るい兆しもあります。地域おこし協力隊や移住をきっかけに30〜40代の参入が少しずつ増え、「狩りガール」と呼ばれる若い女性ハンターも年4%ペースで増加中です。捕獲の担い手をどう確保するかは、ジビエ振興の土台となる宿題です。
農水省・林野庁・環境省は、処理施設の整備支援、学校給食や社員食堂などへの販路拡大、認証によるブランド化という3つの軸で振興を進めており、2030年度には利用量3,500〜4,000t、利用率15〜20%という目標を掲げています。捨てられていた命を地域の恵みへと変えていく――ジビエは、森と里をつなぐ静かな挑戦でもあります。
よくある質問
ジビエは安全に食べられますか?
国産ジビエ認証施設で処理されたものはHACCPに基づく衛生管理が徹底されており、安心です。一方、自家消費や直接購入のジビエにはE型肝炎ウイルスや寄生虫のリスクがあり、中心温度75℃で1分以上の十分な加熱が欠かせません。生食は避けてください。
シカ肉とイノシシ肉はどう違う?
シカ肉は高タンパク(20〜25%)・低脂肪(2〜5%)の赤身で、鉄分は牛肉の2倍以上。さっぱりした味わいです。イノシシ肉は脂肪が多め(15〜20%)で、とくにバラ肉は濃厚なコク。どちらも鍋や煮込み、赤ワインとの相性がよく、丹波のぼたん鍋や各地のしし鍋として古くから親しまれてきました。

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