スーパーで一年中買える生しいたけと、お正月の煮しめや出汁に欠かせない乾しいたけ。同じ「しいたけ」でも、じつは育て方も市場の性格もまるで違います。日本のしいたけ生産量は2022年で生換算およそ7.0万t、生産額にして約650億円。特用林産物(きのこ・木炭・薪・うるし等の総称)の中で量・金額ともに最大の品目です。この記事では、その7万tを「原木か菌床か」「生か乾か」という軸で読み解いていきます。
しいたけ生産7万tの全体像
農林水産省「特用林産物生産統計調査」(2022年)によれば、生しいたけは約6.5万t、乾しいたけは乾燥重量で約2,500t(生換算で約1.5万t)。合わせて生換算でおよそ7.0万tになります。きのこ類のなかでは生産量こそえのきたけ(約12万t)に次ぐ2位ですが、金額では1位。生しいたけのkg単価が卸売で900〜1,100円なのに対し、乾しいたけは品質しだいで2,000〜1万円と幅があり、高級などんこが単価を押し上げているためです。
生と乾では、市場の性格そのものが違います。生しいたけは量販店・外食・業務用で日々消費される短期回転型の市場で、周年・規格揃いで供給できる菌床栽培と相性が良い。一方の乾しいたけは贈答や出汁、正月料理といった「ハレの日」の消費が中心で、傘の厚みや色合いが単価を大きく左右します。ここでは原木栽培で培われた品質が今も強い。この市場の二層構造が、そのまま生産方式の二極化を生んでいるわけです。
原木栽培と菌床栽培、何が違うのか
原木栽培は、クヌギやコナラの広葉樹原木(直径10〜15cm、長さ約90cm)に種駒を打ち込み、林内で2〜3年かけて自然に近い環境で発生させる伝統工法です。1本のほだ木からの生涯収量は500〜800g程度で、4〜5年使うと朽木になって終わり。天候まかせで計画生産は難しいぶん、肉厚で香りの高い良品が得られます。
対する菌床栽培は、おがくず・米ぬか・ふすまを固めた培地(約2.5kg/ブロック)に種菌を接種し、空調の効いたハウスで温湿度やCO2を制御して周年生産する方式です。3〜4ヶ月で1サイクルが回るので年に何度も収穫でき、規格の揃った生しいたけを安定供給できます。栽培棟や空調設備に1,000〜3,000万円規模の投資が要りますが、量販店向けの主流はこちらです。
| 項目 | 原木栽培 | 菌床栽培 |
|---|---|---|
| 栽培期間 | 2〜3年(接種から発生) | 約4ヶ月 |
| 設備投資 | 原木置場・林地(小規模可) | 栽培棟・空調(数千万円) |
| 主な生産物 | 乾しいたけ中心、肉厚・香り高い | 生しいたけ中心、規格揃い |
| 単価レンジ | 乾2,000〜10,000円/kg | 生700〜1,200円/kg |
| 主要産地 | 大分・宮崎・愛媛 | 徳島・北海道・岩手・群馬 |
| 生産シェア(生換算) | 約10% | 約90% |
1980年代までは原木しいたけが圧倒的主流で、乾しいたけの生産量は1980年に乾燥重量1.2万t(生換算約7万t)に達していました。その後、菌床技術の確立(1990年代)、空調・自動化の普及(2000年代)、中国産輸入の浸透、そして原木供給の細り(ナラ枯れや里山管理の衰退)が重なり、原木栽培はピークの4分の1まで縮みました。入れ替わるように生しいたけが量産化で増え、いまの7万t市場を支えています。
産地はくっきり東西・南北に分かれる
生しいたけの主要産地は徳島(約8,000t)、北海道(約4,500t)、岩手(約3,800t)、群馬(約3,500t)、長野(約2,800t)。この5道県で全国のおよそ3分の1を占めます。いずれも菌床の大規模専業経営が集まる地域で、徳島の「阿波しいたけ」のように、産地から首都圏・関西の量販店へ直接出荷する流通が定着しています。
乾しいたけは大分(約700t、全国の28%)が圧倒的1位で、宮崎・愛媛・熊本を合わせた上位4県で全国の約65%を占めます。大分は江戸期からの原木しいたけ産地で、品評会・産地ブランド・流通体系を地域ぐるみで守ってきた歴史があり、今も日本一の座を維持しています。原木栽培は副業的・小規模が多く、林家が冬の農閑期に取り組む現金収入源として、林業経営に組み込まれてきました。最高品の天白冬子(てんぱくどんこ)は1kg1万円超で取引されます。
原木供給とナラ枯れという足かせ
原木しいたけ用のほだ木は、クヌギ・コナラの中径木(直径10〜15cm)を15〜25年生で伐って使います。年間使用量は概算で25万m³、本数にして1,000万本前後。多くは里山の薪炭林由来ですが、戦後のエネルギー転換で薪炭林の管理が衰退し、原木の質も量も細るという構造的な問題を抱えてきました。
そこへ2000年代以降、ナラ枯れ(カシノナガキクイムシによるブナ科樹木の集団枯死)が東北・北陸・近畿・中国地方へ広がり、原木産地を直撃します。さらに2011年の福島第一原発事故では、東日本産の原木から放射性セシウムが検出され、出荷規制(原木1kgあたり50Bq/kg基準)が敷かれました。事故から十数年を経た現在は原木の放射性物質濃度は大きく下がり、東日本の原木栽培戸数は事故前の70〜80%水準まで回復していますが、福島の一部や栃木・那須地域などでは今も規制が残ります。
進む集約化と、しいたけ生産者の世代交代
菌床栽培の業界は2010年代以降に集約が進み、北研、ホクト、雪国まいたけといった大手専業メーカー10社程度で全国の生しいたけ生産の5〜6割を占めるまでになりました。中小生産者は産地ブランドでの差別化や、レストラン・専門店への直販、地産地消の販売で活路を見いだしています。生産者数は現在の約1.2万戸から、2030年には8,000戸前後まで減るとの見方もあります。
世代交代の問題は、とくに原木栽培で深刻です。経営者の平均年齢は65歳を超え、後継者がいる経営体は2割ほど。投資から収穫まで2〜3年という長いサイクルと、中山間地という立地が新規参入の壁になっています。菌床栽培は企業型経営で若年層の雇用がある程度確保されており、原木栽培ほど切迫してはいませんが、小規模な独立経営の承継は遅れ気味で、大手による事業承継が現実的な受け皿になりつつあります。
健康志向と輸出が照らす新しい光
逆風ばかりではありません。しいたけはエリタデニン(コレステロール低下作用)、ビタミンD、β-グルカンといった機能性成分で近年あらためて注目されています。とくに乾しいたけ100g中のビタミンDは12.7μgと生の約50倍。1日2〜3枚で日本人の推奨量を満たせる「機能性食品」としての訴求が強まり、機能性表示食品制度では約30製品が登録されています。輸出も、和食ブームと出汁文化の発信を追い風に、香港・台湾・東南アジア・米国向けの高品質乾しいたけが年率5〜10%伸びる年もあります。輸出単価は国内卸売の1.5〜2倍と高く、高単価品の新しい販路として期待されています。
地理的表示(GI)保護制度では「大分しいたけ」(2017年登録)や「岩手菌床しいたけ」が登録され、産地ブランドの法的保護も進みました。しいたけ生産は、特用林産物のなかで技術蓄積・市場規模・産地組織のどれを取っても最も成熟しており、林業を多角化していくモデルケースとして、他のきのこや特用林産物の参考にされる存在でもあります。
よくある質問
原木しいたけと菌床しいたけは何が違うの?
育て方と品質です。原木しいたけはクヌギ・コナラの原木に種駒を打ち、2〜3年かけて自然に近い環境で発生させるので、肉厚で香り高く、傘の巻き込みが強いのが特徴。菌床しいたけはおがくず培地を空調制御で4ヶ月育てる量産品で、規格揃いと安定供給に優れます。生重量で比べると、原木は菌床の1.5〜2倍ほどの価格になります。
なぜ国産の乾しいたけは減ったの?
主な理由は4つ。菌床の生しいたけが普及して「日常のきのこ」需要が生に流れたこと、1990年代以降に中国産輸入が浸透して価格競争が激しくなったこと、原木供給の細りと放射性物質問題で原木栽培の環境が悪化したこと、そして生産者の高齢化と後継者不足です。1980年の乾燥重量1.2万tから2022年の2,500tへ、約8割も減りました。
しいたけ生産は林業の収入になるの?
原木栽培は林業との結びつきが強い副業として機能してきました。中山間地の山林所有者にとって、冬場の労働で乾しいたけを生産することは安定した現金収入になり、地域によっては年100〜300万円規模の副業収入になります。一方の菌床栽培は専業化が進んでおり、林業経営とは独立した別業態と捉えるほうが実態に近いです。
出典・参考:農林水産省「特用林産物生産統計調査」/林野庁「きのこ類の生産動向」/林野庁「森林・林業白書」/財務省「貿易統計」/農林水産省「地理的表示(GI)保護制度」

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