林業の現場は、いまも日本でいちばん危ない職場のひとつです。死傷年千人率は令和5年で22.8、全産業平均2.4のおよそ10倍。しかも季節による繁閑の差が大きく、労働時間の管理も一筋縄ではいきません。だからこそ林業の労務管理は、労働時間・安全教育・社会保険という地味な3点にこそ本質があります。この記事では、その実態を整理します。
季節で大きく変わる労働時間
林業労働者の年間労働時間は、全産業平均より長めです。長くなる理由は3つ。事務所から林内現場まで片道30分〜1時間かかる移動時間が、事業体によって労働時間に入ったり入らなかったりすること。春の植栽・夏の下刈り・秋冬の伐採という繁忙期に出役と残業が集中すること。そして雨天休業で減った分を、晴れた日の長時間労働で取り返そうとすること——この3つが重なります。
一方、雪の多い北海道・東北では12〜3月に山仕事がほぼ止まり、月の労働時間が大きく落ち込みます。この季節変動を均すために、林業では1年単位の変形労働時間制がよく使われます。働き方改革で導入された時間外労働の上限規制(原則 月45時間・年360時間)は林業にも適用されており、繁忙期の残業をどう管理するかが実務上の課題です。冬季にどう仕事をつくって通年雇用に近づけるかが、月給化とセットの論点になっています。
死亡災害の7割は伐木作業で起きている
林業の労働災害は、他産業を圧倒します。死亡災害は年30件前後で推移し、そのうち約7割が伐木作業中の事故です。立木がどちらに倒れるかを正確に読むのは難しく、隣の木に引っかかった「かかり木」の処理に決まった安全手順を作りにくく、急傾斜地で足場が悪い——この3つが、伐木を突出して危険にしています。
明るい変化もあります。林業の労働災害件数は、2000年以降でほぼ半分に減りました。就業者の減少で分母が縮んだことに加え、チェーンソー作業の特別教育、防護衣の普及、そして高性能林業機械の普及で危険な伐倒・造材が機械化されたことが効いています。ただし「働く人あたりの率」で見ると改善はゆるやかで、絶対水準はまだ高いままです。
就業して数か月で現場に立つための安全教育
林業の安全教育は、危険業務の前に必ず受ける「特別教育」を土台に、職長教育まで階層になっています。とくにチェーンソーは、2020年8月の規則改正で、それまで大径木・小径木に分かれていた伐木等の特別教育が統合され、学科9時間+実技9時間の計18時間になりました。造材の方法や、下肢の切創を防ぐ保護衣に関する科目も加わっています。受けさせずに作業させた事業者には、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が科されます。
| 教育区分 | 時間数の目安 | 対象作業 |
|---|---|---|
| チェーンソーによる伐木等特別教育 | 18時間 | 伐木・造材作業 |
| 刈払機取扱作業者安全衛生教育 | 6時間 | 下刈り・除伐 |
| 小型移動式クレーン運転特別教育 | 9〜13時間 | つり上げ荷重1t未満 |
| 車両系建設機械(整地等)特別教育 | 13〜14時間 | グラップル・プロセッサ等 |
| 林業架線作業主任者技能講習 | 3日間 | 機械集材装置・運材索道 |
| 職長教育 | 12時間 | 職長・班長 |
新規就業者は、緑の雇用事業の研修のなかで、これらの特別教育や技能講習を計画的に受けていきます。研修中は事業体に給与補助が出るため、まだ戦力になりきらない時期の人件費を経済的に支える設計になっています。
見えにくい職業病:振動障害・腰痛・粉じん
林業の健康リスクは、急なケガだけではありません。じわじわ蝕む職業病もあります。チェーンソーの振動による振動障害(白蝋病)は、労災認定件数こそ1980年代のピークから大きく減りましたが、症状が出るまで10〜20年かかる潜伏性の病であり、いまも毎年一定数の認定が続いています。防振機能付きチェーンソーの普及と、1日の振動ばく露時間を抑える作業管理が予防の柱です。腰痛や、のこ屑による粉じん障害(じん肺健診の対象)も、林業に多い健康問題です。
社会保険と「県による差」
健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険の加入は、雇用の質を測る基本的な指標です。労災保険は強制加入で、個人請負や自営林業者も特別加入制度で任意に入れます。一方、小規模な事業体では健康保険・厚生年金の代わりに国民健康保険・国民年金で済ませる例もあり、これが社会保障の格差を生んでいます。
この実態は県によって大きく違います。高知・宮崎・大分・岩手といった林業先進県では、森林組合の連合体や労働力確保支援センターが機能し、月給化と社会保険完備が進んでいます。一方、就業者の少ない県では零細事業体が中心で、日給・出来高が残りがちです。賃金の安定と社会保険の有無が、そのまま人の定着を左右しています。
これからの10年:通年雇用化と担い手
労務管理のこれからを左右するのは、2つの論点です。1つは通年雇用化。伐採・搬出・育林・路網整備を組み合わせて年間の出役日数を引き上げ、月給制と噛み合わせる動きです。もう1つは担い手不足。主伐期を迎えた人工林の植え直しを進めるには、植栽・下刈り・除伐に従事する育林労働者がもっと要ります。2024年には林業が特定技能・技能実習の対象に加わり、外国人材の受け入れも始まりました。長く危険な現場を、いかに人が続けられる場所に変えていけるか。労務管理は、その最前線にあります。

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