「林業で働くと、年収はどれくらいになるんだろう?」——そんな疑問を持ったとき、ひとつの平均値だけを見ても実態はつかめません。林業の賃金は、働き方そのものによって大きく姿を変えるからです。日給でもらうのか、伐った量に応じて稼ぐのか、それとも固定の月給か。この3つの違いが、同じ「林業労働者」でも年収300万円台から800万円近くまでの開きを生み出しています。
平均年収はおよそ385万円。全産業平均の497万円に対して77%ほどの水準で、決して高いとは言えません。けれど、その「平均」の内側には、賃金体系・職種・地域・経験年数という複数の軸が絡み合った、かなり立体的な構造が隠れています。この記事では、その構造を一枚ずつほどいていきます。
まず押さえたい、3つの賃金体系
林業の賃金は、大きく分けて日給制・出来高制(請負)・月給制(固定給)の3つに分かれます。それぞれ仕組みも、向き不向きも、年収の伸び方もまったく違います。
日給制は1日12,000〜15,000円が基本で、現場に出た日数だけ支払われる方式。出来高制は伐った材積(m³)や造材本数に単価をかけて稼ぐ方式で、腕がそのまま収入に直結します。月給制は毎月決まった額を受け取る形で、2003年に始まった「緑の雇用」事業をきっかけに広がってきました。事業体ベースで見ると、いまだに日給制が約6割を占めています。
なぜ日給制がこれほど根強いのか。それは林業の仕事が天候や地形に大きく左右され、「出た日だけ払う」やり方が事業体にとって経営上ラクだったからです。けれど裏を返せば、日給制は雨や雪の日にそのまま収入ゼロを意味します。この収入の空白こそが、若い人の参入をためらわせ、定着率を下げてきた最大の壁でした。緑の雇用が補助金で月給化を後押ししたのも、まさにここを埋めるためです。
日給制で働くと、年収はだいたい280〜320万円
標準的なモデルで計算してみましょう。日給13,000円 × 年間出役210日 = 273万円。これに賞与や手当が乗って、280〜320万円あたりに落ち着きます。出役日数は地域でかなり違い、雪の多い北海道・東北では180日ほど、温暖な九州・四国では220〜240日。雨で1日休めば、その日の5,000〜13,000円がそのまま消えます。月に8日雨が降れば、月収は約10万円も削られる計算です。
出来高制は、腕がそのまま単価になる
出来高制(請負)の単価は、伐倒m³あたり1,500〜3,000円、造材本数あたり50〜150円といったところ。熟練した伐木手が年間2,500〜3,500m³をこなせば、600〜800万円規模に届きます。ところが経験3年未満の新人が同じ単価で働くと処理量は1,500m³に届かず、年収は300万円台。同じ仕事でも、ここまで差がつくのが出来高制の世界です。
月給制は「安定」と引き換えに上限がある
月給制は2003年の緑の雇用を境に広がり、当時3〜5%だった比率が2020年代には約10%まで上がりました。月給22〜30万円が新人層、35〜45万円が中堅、50万円超が現場管理者層という3段構え。収入は安定しますが、出来高ベテランの最大800万円には届きません。だからこそ「腕が上がるほど月給制から離れていく」という、ちょっと皮肉な傾向も見られます。
職種で変わる、年収のものさし
同じ林業でも、何の作業を担うかで賃金水準はかなり違います。植栽や下刈りといった育林作業が一番低く260〜340万円、間伐・搬出が中位で330〜450万円。主伐の伐倒・造材になると400〜600万円、機械オペレータで450〜700万円、班長・現場代理人で500〜700万円。下のグラフでレンジを並べてみると、その重なり方と伸び方が見えてきます。
注目したいのは、機械オペレータと熟練伐木手の年収が逆転しはじめている点です。プロセッサやフォワーダといった高性能林業機械の導入が進み、いまや「機械を操る技能」への需要が「斧やチェンソーで伐る技能」を上回りつつあります。1日100m³以上を造材できるオペレータは月給40〜55万円、歩合を足せば700万円超。機械化は労務費を削るどころか、むしろ「より高単価の働き手」を生み出しているわけです。
住む場所で、こんなに違う
賃金には地域差もしっかり存在します。北海道は素材生産の規模が大きく、日給でも14,000〜16,000円と本州平均より1割ほど高め。九州(宮崎・大分・熊本)は生産量こそ全国上位ですが日給は13,000〜14,500円と中位。北東北は12,500〜13,500円が標準で、雪期休業で出役日数が減るぶん年収は250〜320万円に集中します。下の表で、地域ごとの相場をひととおり見比べてみてください。
| 地域 | 日給目安 | 年間出役日 | 年収レンジ | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| 北海道 | 14,000〜16,000円 | 180〜200日 | 300〜380万円 | 大規模素材生産業者多い |
| 北東北(岩手・秋田・青森) | 12,500〜13,500円 | 180〜210日 | 250〜320万円 | 雪期休業大、月給化進行中 |
| 関東・甲信越 | 13,000〜14,000円 | 200〜220日 | 280〜340万円 | 事業体規模中位 |
| 中部・近畿 | 12,000〜13,500円 | 210〜230日 | 270〜330万円 | 中山間中心、小規模事業体 |
| 中国・四国 | 12,000〜13,000円 | 220〜240日 | 280〜330万円 | 高知・愛媛で月給化進展 |
| 九州(宮崎・大分・熊本等) | 13,000〜14,500円 | 220〜240日 | 300〜380万円 | 素材生産大規模、新規就業多 |
面白いのは、この格差が単純な「都会と田舎」では割り切れないこと。効いているのは、素材生産量・事業体規模・気象条件・地形(搬出効率)の4つが複合した結果です。北海道と九州が比較的高水準なのは、どちらも生産規模が大きく機械化が進み、その生産性が時給に転嫁されているから。逆に本州中央部の中山間地は小規模事業体が多く、機械化投資の規模効果を得にくい構造に置かれています。
新人が10年で歩む、3つの分かれ道
新規就業者の入口を支えてきたのが、2003年に始まった緑の雇用事業です。3年間の研修期間中、事業体に研修費や給与補助が交付される仕組みで、開始から20年で累計2.5万人超が研修を受けました。研修後3年以上続ける「定着率」は約60%まで上がり、以前の30%台から倍増しています。初年度は約280万円、3年目で320〜360万円、5年目には380〜450万円——ここまでは比較的どのパスでも似た伸び方をします。
分かれ道は、その先にあります。育林作業中心のキャリアだと10年目あたりで400万円前後の頭打ち、機械オペレータなら550万円、出来高制の熟練伐木手なら700万円超に届くケースも。何の技能を磨くかで、ここまで道が分岐するのです。とりわけ2級チェンソー作業者や各種の移動式クレーン・車両系建設機械の資格は、月給アップや出来高単価の交渉カードとして効いてきます。「資格は次の単価を引き寄せる」と覚えておくと、キャリアの設計図が描きやすくなるはずです。
忘れてはいけない、賃金の「裏側」
ここまで賃金の話をしてきましたが、林業を語るうえで避けて通れないのが安全の問題です。労働者1,000人あたりの年間死傷者数を示す「死傷年千人率」は、林業で21.4(2022年)。全産業平均2.2のおよそ10倍にのぼります。賃金が平均の77%でしかない一方、危険は10倍——この非対称こそ、林業が人材獲得で苦戦している根っこにあります。
本来、危険な仕事には「危険手当」として2〜3割の賃金プレミアムが上乗せされてしかるべきです。ところが現実の林業賃金は平均より23%低く、理論上のプレミアムをまったく反映していません。理由は3つ。林業の労働市場が地域限定で替えの仕事が少ないこと、小規模事業体が多く価格交渉力に乏しいこと、そして出来高制が「高い賃金」を一部の熟練者だけに集中させてしまうこと。この3つが重なって、危険とお金が釣り合わない歪みが生まれています。
これから、林業の賃金はどう変わるのか
賃金構造は、いま月給化・機械化・大規模化の3つの軸でゆっくり動いています。月給制比率は年0.3〜0.5ポイントずつ上がり、2030年には15%超に届く見通し。高性能林業機械の累計導入台数は2010年の3,500台から2022年に1.4万台超へと増え、オペレータ需要を押し上げています。さらに、年間1万m³超を生産する大規模事業体が全国400社規模まで広がり、「月給制 × 機械集約 × 通年雇用」をセットで採る経営体が増えてきました。
これら3つが噛み合えば、今後10年で林業の賃金は「日給制中心の不安定な低賃金」から「月給制と機械化による中位の安定賃金」へと姿を変えていくと予想されます。出来高ベテランの上限800万円は維持されつつ、新規就業者の初年度年収は月給化で320万円ほどに底上げされる——そんなシナリオです。ただしそれが実現するには、素材生産量の拡大(年4,000万m³超)と路網整備の加速が前提。最後は政策の継続性が鍵を握る、というところに落ち着きます。

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